新訳の文体

「です・ます」調 と「だ・である」調

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 サンテックスの作品に詳しいわけではないが、彼の文章の本質を最もよく表しているのは“Courrier Sud”の冒頭部分であろうと私は思う。彼が世に出る事になった最初の作品である。(残念ながら、作品そのものは失敗作と評されることを避けられない出来だったのだけれど . . . )リズミックな旋律を背景にしながら、引き締まった文体。そして、読者におもねることを拒否する孤高の眼差しを感じさせる。【日陰の花として一生連れ添う事になったB夫人とのなれそめは、この原稿であった。彼女は彼の文体のすばらしさに惹かれたのだろう。】

 Le Petit Prince の文体はさらに技巧的だ。美しく韻を踏んだ旋律は心地よく耳に響く。この文体を、余すところなく日本語に移すことは不可能である。 2005年後半から2006年前半にかけて続出した新訳の約半数はこのことを承知しており、それぞれに苦労を厭わず工夫を凝らしている。
 新訳は、文体の観点からすると2大別される。「です・ます」体と「だ・である」体とである。実は、Le Petit Prince を本来の雰囲気を壊さないように日本語化しようと試みれば、「です・ます」調は候補に挙がり難い。サンテックスの引き締まった文体がダレてしまうからだ。
 にもかかわらず「です・ます」調が幅をきかせている。ひとえに、内藤 濯 氏の先行訳の影響といってよい。Le Petit Prince は、ハイデッガーが言うように「実存の書」として売れたのではない。日本では、童話「星の王子さま」として驚異的な売り上げを果たしたのだ。そして翻訳者達は、内藤氏の「星の王子さま」を通してこの作品に接した。個人的な履歴にせよ、営業政策上の要請にせよ、内藤訳の影響から逃れられるわけがない。

 思うにこの「です・ます」調は、内藤 濯 氏の大きな罪科のひとつである。氏は、冒頭を一読してたちまちこの作品の虜になった*と伝えられている。子供向けの童話と信じ込んでしまった氏の目は曇り、作品の隠された面は映らない。氏の日本語訳はこの作品を、子ども向きに、子ども向きにとねじ曲げてゆく。砂中に埋め込まれた翳りの部分は消し去られ、 パンクの項で述べたように、独り善がりな失敗も決して少なくはない。その方向付けを決定的なものとしたのが、「です・ます」調の語り口だった。シャンと引き締まったサンテックスの文体は、フンワリと歯ごたえのない日本語に姿を変えた。内藤訳の文章は、余韻過多なおとぎ話の口調である。

*  事実か否か、私には判断する術がない。それがすばらしいことと信じている周辺の人が、捏造・歪曲したエピソードであるのかも知れない。だとしたら、文学者としての内藤氏の実像は、それらの人々によって傷つけられたのだと言うべきである。

 客観的な評価はともかくとして、サンテックス自身は、自分の作品を大切に思っていた。

 「つまらぬ作品を6百万部売るくらいなら、恥ずかしい思いをしないですむ作品を100部売った方がましだ。」
 (1942.1,ガランティエールへの手紙)

 この言葉、半分本当・半分嘘なのだが、彼の死後、Le Petit Prince とその翻訳は売れに売れた。「つまらぬ読者」の手に渡ることは避けようがない。問題は、「つまらぬ訳者」も少なくなかったことである。このことは、サンテックスにとって痛恨の極みであろうと私は思う。世界中で、「童話」としてしか扱われない翻訳が少なくないのだ。
 ながらく内藤訳しか手にすることを許されなかった日本の読者に、やっと異なる翻案が提示されることになった。その内容については、個々の翻案に即して議論するしかない。翻案群の全体像を展望するに一番手っ取り早いのは、通読して得られる第一印象上最も影響が大きい文体の調子、つまりは「です・ます」調か「だ・である」調かにかかってくる。
 繰り返すが、本来の雰囲気を壊さないように日本語化するには、「です・ます」調は候補に挙がり難いのである。

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