草 稿
「星の王子さま」論考
/Le Petit Prince 考究


 これは標題にあるとおり“草稿”です。少しづつ書き足して行きます。訂正したり、削除したり、 アイデアやメモを書き込んだり。原稿が作られ・推敲されて行く過程をネットの上で公開してしまおうというのです。おそらくインターネット始まって以来初めての試みでしょう。
 素人の手すさびですから、内容は大したものではありません。時間があるときに書き足すのですから、 完成まで何年掛かるか見当がつきません。惨めな失敗に終わってしまう可能性も大きいのです。でも、 挑戦してみる価値はあろうと思います。
 ご返事できないかも知れませんが、いろいろなご意見をお寄せ戴ければ、執筆の参考にさせていただきます。


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第 二 の 章
Le Petit Prince 考究

総 論

 
なぜ“Petit”なのか。
 “Petit Prince”を日本語にすれば、「可愛い王子さま」または「ちびっこ王子」だ。どちらを選ぶかと問われるならば、後者を推したい。ページを繰れば、現実の世界から遊離したロマンチックな挿絵が一杯ある。そのうえ「可愛い王子さま」と標題を打ったのでは、「星の....」と訳すのと同様、夢見心地の薄っぺらな「童話」になってしまう。 王子は、他人の話には耳を貸さず、自分の考えばかりを言い募る「かわいくない」一面がある。いわば「くそガキ」としての小憎らしさである。一方で、大人の思慮をのぞかせたりもする。 単なる可愛い子供ではない。「ちびっこ王子」が適訳だ、と私は思う。

 童話に現れる“王子”には典型と呼ぶべき筋立てがある。

 1) 青年期の年齢であること。
 2-a)配偶者を求めて旅の途中にあるか、あるいは、配偶者選びの舞踏会を催すかのいずれかである。
 2-b)特に配偶者を求めてはいないが、狩(または散歩やお忍びの領地散策)の最中であるか、旅の途中であるかのいずれかである。
 2-c)前記のいずれでもないが、なにがしかの非日常的な状態にある。
 3)偶然、気だての優しい(多くの場合、身分の高い)美少女に出会い、恋に落ちる。さまざまな試練の末、最終的には結婚する。

 しかし、Le Petit Prince はこのような筋立てとは無縁である。
 もし“Petit”が無かったならば、そして、もし挿絵がなかったならば、読者が思い描く“王子”は、随分これに近づいていたはずだ。本文中で、子供であることが述べられているにも関わらず、である。
 作者はどうしても「中性」的な王子にしたかったように見受けられる。早い時期に「王子の肖像」を見せて読者のイメージ固定を図っている。本来ならばこの挿絵は、最後の【何処かで見掛けたら......】というシーンで提示されるべきものである。それを早々と提示する。それだけでは足りず、題名に“Petit”とつけて、大人(すなわち男)ではないことの念押しをしている。これは、この作品を読み解く上で蔑ろにはできない点となろう。
 作中の王子には、男の匂いが欠けている。そもそも、バラ以外には、狩人がお目当てとする村娘が唯一の女性キャラクターである。性的な主題が入り込むのを意識して避けているとしか思われない。そしてこのことが、王子がバラに寄せる愛・思い遣りに、色濃くミンネ奉仕の彩を添えることになる。

 

なぜ“Prince”なのか。
 “Prince”が“王子”であることに疑いを差し挟む人は少ない。しかし、山崎庸一郎氏は指摘する。モナコやリヒテンシュタインのような小国がヨーロッパには存在し、大公国( Principauté )と呼ばれる。その支配者は、王( Roi )ではなく、大公( Prince )である。Le Petit Prince は、「まだ子供である“王子”」という意味ではなく、子供ながら一国(B-612)を支配している“大公”なのだ、と。[月刊 MOE 1980年4月号 p.13,「星の王子さま」フランス語辞典,同 1993年7月号 p.14,「星の王子さま」8の秘密]
 この指摘は核心を衝いていると私は思う。地球のバラ達に出会った王子は「星に残してきた自分のバラ」が何の変哲もないあたりまえの薔薇だったことにショックを受け、「えらい王さまなんかになれそうにない」(内藤 濯訳)と草原に泣き伏すのである。このくだり、「えらい王さま」は“ un bien grand prince ”と表現されている。王位継承権者が立派に成長した後は、王( le roi )になるのであって、「立派な王子になる」のではモラトリアム人間もいいところだ。第一、物語りには父親も母親も登場しない。王子は天涯孤独の身であって、継承すべき王位があるのならとっくに継承して王になっていなければならないと考えられる。事実、星を見回り、火山の掃除をし、悪辣なバオバブの芽を摘みとるという、B-612 のたった一人の支配者としての義務を忠実に果たしているのである。先の文章は「これじゃあ立派な大公なんて言えない」というのが正しい解釈であろう。

 大公国は独自の外交権や交戦権を持たない半独立国であり、その権限を隣接する大国に握られていることが多い。王子が第一の惑星を去るにあたって、「王さま」が『そちを大使に任命する』と宣言しているのも、王に隷属する大公の立場を反映している。

【末妹ガブリエルが結婚後居住し、サンテックスも何度か休暇を過ごしたアゲイから、モナコはすぐ近くである。サンテックス自身モナコを訪れたこともある。モナコの元首が Prince (=大公)であることを、サンテックスが知らないはずはない。】
  Prince を、逃れようも無く「王子」と翻訳してしまったのは、日本語版と中国語版である*。 しかしながら、世界中の読者が“王子”と解釈しているであろうことはまず間違いない。文学作品の「解釈」とは、しょせん読者による作者の意図の誤解である、と“はじめに”で述べた。この草稿では、王子なのか大公であるのか、にはこだわらないことにする。作品全体の解釈には、あまり大きな影響がないと判断されるからである。

*  そしておそらく、16種類ある韓国語(朝鮮語)版も。私自身は読解力を持たないが、この国の人に読んで貰ったところ、表題は「若い(もしくは幼い)王子」の意であるという。

 
“星巡り”の挿話は必要か?
 Le Petit Prince の執筆に際して、文章の方は比較的すんなりと進んだ(6月執筆開始。10月脱稿)が、挿絵には随分苦しんだということである。その苦しんだ挿絵が、星巡りではふんだんに使われている。星ひとつに一枚のカラー挿絵である。作者は星巡りには随分入れ込んでいることが判る。だが、作者の興が乗っていることと作品の出来映えとが一致するとは限らない。
 私の意見に不満がある人は、星巡りの部分(第十章から第十五章まで)を抜いて「星の王子さま」を読んでみたら良い。実に引き締まった佳い短編であることが判るだろう。星巡りがあるために、物語は冗漫で水脹れした様相を呈する。星巡りのエピソードそのものが悪いとはいわない。これはこれで(ガヴォワールの娘に執筆を約束したという La Petite Princesse のように)独立した別の短編を作れば(もしくはその La Petite Princesse の中に、今度は最初から筋書きの中に組み込んで違和感のないようにすれば)良い。
 この物語の流れが、王子−キツネ−バラ、のラインであることは動かし難い。とするならば、かなりの紙数を費やして描かれた「星巡り」は一体何なのか? うんざりするほど長い長い旅路の果てに、地球に辿り着いたということを読者に判らせるためだけにしては、登場人物はあまりにも意味ありげである。しかしこの「星巡り」は、作品の主題を霞ませる。
 思うに「星巡り」は、サンテックスが仕掛けた罠なのではなかろうか。得々として星巡りの解釈をひけらかす人々は、あやかしの玄道に踏み迷い、偽りの石棺に惑わされてピラミッド内をさまよい歩くミイラ採りにも似て、遂に物語の核心に迫ることも叶わぬまま、その生涯を閉じることになる。己が私生活を振り返り、この作品中で真情を吐露したサンテックスは、容易には核心に辿り着けぬよう物語を迷宮に仕立て上げたのだ。「社会批判」などという取るに足らぬ解釈に尻尾を振って喰らいつく読者に、血が滲むような作者の半生を気取られたくはないのだろう。

 「星巡り」の異質性は、この作品全体の構造解析からも浮き彫りにされる。物語は、「6年前」を中心に、「操縦士」と「王子」の過去と(6年前の)「現在」との間を繰り返し行き来しながら少しづつ話を進め、その時間的な振れ幅をだんだんと狭めて「6年前」の王子の死に収斂させるという技法がとられている。それなのに、「星巡り」では時間の変動が止まり、平板な時間経過が延々と続く。この「星巡り」は、全体でひとつのモジュールとして挿入されており、これをそっくり取り外しても、物語の全体像にはまったく齟齬を来たさない(シャンピニヨン氏については別項で論ずる)。更に、一つひとつの星の物語も単位モジュール(もしくは独立部品)化されており、どれを取り外しても、繋ぎの1〜2行を削除すれば他に何の影響も残さない単なる挿話の構造である。

 サンテックスの執筆方法は「小説の原案をバラバラの紙に書いておき、パズルを組み立てるように、それをどういう順番に並べたらいいか考える」(1924年、サレス宛の手紙)というものだった。「星巡り」の挿話が各個独立なモジュールの脈絡の無い集合であるのは、まさにこのようにして思いつくままに書き散らされたエピソードの集合であるからに他ならない。

 構造上の平板・異質性と意味論上の不要・冗漫性が、「星巡り」の際だった特性といってよい。サンテックスお得意の「鼻につく説教臭さ」も付け加わる。

 「人間の土地」と「風と砂と星と」では、内容が同じではない。英語版を編集するに際して出版社から、「分量が少なすぎる」とクレームがつき、書き足しを要求されたからである。
 もしこの「星巡り」がなかったならば「Le petit Prince/The Little Prince」も、単独出版物としては営業が成り立たない分量になってしまう。それぞれの惑星のエピソードが各個に独立して、話の筋立てとまったく無関係なモジュール構造になっているのは、他の箇所への影響を最小限に抑えながら分量を増やすための書き足しとしての当然の帰結であろう。星巡り部分だけ挿絵がやたら多いのも、限られた時間内で多くのエピソードを創作することができなかったために、簡単にページ数を稼ごうとしたのではなかろうか。
 サンテックス自身の判断によるのか、草稿を出版社に持ち込んで駄目を出されたのかは即断できないが、「星巡り」は「書き足し」であろうと私は想像している。裏づけ資料が発見されることを期待したい。

<メモ>

木に竹を継いだような不自然な流れ。転轍夫のエピソードで充分。蛇足の典型。折角の締りのある物語が、冗長で散漫な横道にそれてしまっている。「説教臭さが鼻に付く」と批評されるサンテックスの欠点が顔を出している。別の物語を融合させたか? それとも、単なる水増しか?
 地球が7番目。太陽系の軌道を冥王星から始まって順番にたどると地球は7番目である。小惑星帯から出発したのではこうなる筈もないが、「童話」だから許されるだろう。(描かれた星の大きさからいえば6つの星はすべて小惑星の範疇に属する。さすれば王子の旅は小惑星帯内部でのさすらいということになる。実際、出発直後に第 325 番から第 330 番まで、6個の小惑星( Astéroïdes )を通過して、王様の星にたどり着いている。しかし、訪れた“星”は、原作では“Planète”と呼んでいるから小惑星ではなく惑星である)。6番目の星は10倍も大きな星となっている。太陽系でいえば木星を指すのが順当ということになるが、上記の順番で6番目は火星である。
 キリスト教文化圏にあって、「7」は特別な数字である。


<未完>


各 論

 
レオンウエルトへの献辞
 この物語が、コンスエロへのメッセージを含んでいることは全く疑いがない。そしてまた、「キツネ」の言動にシルビア・ハミルトンの姿が二重写しになっていることも、否定できない。にもかかわらず、この物語は、フランスで逃亡生活を送るレオンウエルトに献じられている。

 (献辞と同じ重要性を持って考慮するべきことが、もうひとつある。本文中の「3本のバオバブの絵」が、「王子に勧められて」「フランスの子供たち」(des enfants de chez moi)に向けて描かれたことだ。執筆場所はアメリカである。なぜ「フランス(我が国)の」子供たちなのか?)

 chez moi を「我が国」(特にフランス)とすることには異論があるかもしれない。新訳では「星」「地球」と訳している例も多い。しかし、この“moi”は「家」(ボクんち)ではない。“chez”が時間を表すとして「私の時代」と言うのもしっくり来ない。“chez”の主体は砂漠で遭難している操縦士であるから、“moi”を「星」「地球」とするのは無理がある。やはり“chez moi”は「私の国」であろう。だとするならば、それはフランスということになる。巻頭に献辞を捧げられた、レオン・ヴェルトが苦難に耐えている国。そして、操縦士はフランス人(十万フランの家を見たよ!)である。

 サンテックスが、わざわざこの献辞を巻頭に置いたことは、決して軽んずることのできない意味を持っている、と考えなければなるまい。全世界の子供たちへ送る「童話」ではないと、サンテックス自身が宣言をしているのだ。
<未完>

Chapter 1.
 
 1-1 裸の王様はウワバミの帽子を被っている。
 サンテックスは、Le Petit Prince の中に、意地悪な罠を幾重にも仕掛けていると私は思う。「ウワバミ帽子」もそのひとつだ。帽子の絵を見せられて、そこにゾウの姿を見る人は、正常な精神と健全な判断力の持ち主ではない。言うまでもなく、描き手も同列である。「ウワバミに呑み込まれたゾウ」を描きたいのならもちろんのこと、「ゾウを呑み込んだウワバミ」を描くにしても、最初から中身を描き込むのがあたりまえの精神構造というものだろう。「子供だから」と言う逃げ口上を使いながら、サンテックスは陰湿な踏み絵を敷き込んだ。「帽子にしか見えないのは子供の心を失った証拠」と言い募る人々は、裸の王様の華麗な衣装を褒めそやして恥じない人達である。サンテックスは嗤っているのではなかろうか。

 「子どもの純真な心を持つ人には、ゾウを呑み込んだウワバミが見える」という人が多い。外国のサイトには、この「ウワバミ」を第一関門に据え、「帽子」と答えた人を追い返す造りになったホームページさえある。しかし、事実は逆である。これが帽子にしか見えない純真な人は、これ以降を“チョッピリ寂しいけれど、最後は心暖まるハッピーエンドの童話”として読み進めばよい。内にゾウの姿を透かし見る人は、世界を蚕食する悪辣なファシズムの脅威を愁い、言論と武器を以て立ち上がる責任がある、とサンテックスは言っているのだ。愛の戦士としての資格を持つ「昔子供であった」者は多くはない。見る目も持たずに「ゾウが見える」と言い囃す人々が人類を救う戦士に成長することは、ラクダが針の孔を通り抜けるよりもっと期待し難い。フランスでは、その数少ない戦士達がひもじい思いに耐えている。物語のエンディングは決してハッピーエンドではない。

 
 1-2 ひとめで中国とアリゾナの見分けがつきました。
 中国とアリゾナは(ヨーロッパから見た)世界の東の涯てと西の涯ての象徴として用いられている。しかしそれは、ニュージーランドとアラスカでもよいはずだ。なぜ中国とアリゾナなのか?【山崎氏新訳の註によれば、初期の草稿では「アリゾナ」ではなく「アメリカ」であるという】
 サンテックスが南米で経験したように、強風に翻弄されて九死に一生を得た場合、現在位置を把握するためには、陸地の地形を判断するのがいちばん確実である。しかし当時の航空機の性能からいって、現在位置が中国・アリゾナ双方の可能性があることはあり得ない。無意味な比喩である。また、中国やアリゾナの全景を見渡せるわけもないから、「見分けがつく」のは、かなり部分的な地形のはずである。

 CとAに挟まれているのはBである。これに何か謎解きの鍵があろうかといろいろ考えてみたが、答は得られない。「アリゾナ」が州の名でないとすれば、パールハーバーで沈座した戦艦アリゾナ号が考えられるが、意味づけは不可能であるし、「C」の方が何かが判らない。
 サンテックスのやりくちから見て、ここには何かが隠されていると思った方がよいのだが、何を言おうとしているのか皆目見当もつかない。ねんごろになった女性でも住んでいるのだろうか? しかし、アリゾナはともかく中国には . . . ???

 「夜間飛行中に一目で見分けがつく」。 この一文を筆にするとき、サンテックスの脳裏にはリビア砂漠での航法ミスによる遭難事故があったはずだ。雲(実は地上間近の霧)の中で現在位置を確かめようと高度を下げて、砂丘に激突したのだ。過ぎてしまった今となってはほろ苦い思い出。いや、それどころか、借金を返せるほどの飯の種(新聞に連載した体験記。後には、 Terre des Hommes の一節)になった。とはいえ、命があったのは全くの幸運。即死にせよ渇きによる野垂れ死ににせよ、あのとき死んでいて何の不思議もない事故だった。無線機さえ積んでいれば . . . 。

Chapter 2.
 
 2-1 le mystère est trop impressionnant
 Quan le mystère est trop impressionnant, on n'ose pas désobéir. あまり突拍子もないことには、逆らう気持ちが起きないものだ。
 24章、バカバカしいと思いつつ、井戸を探しに出かける光景への伏線(もしくは対応関係にある)。

 
 2-2 「羊を描いて」
 "Dessine-moi un mouton . . ." 「羊を描いて」と王子はねだる。描いた3頭を次々に難癖つけて書き直しを要求する。理由の最初と最後は、「元気がない」と「齢をとっている」だ。2番目の理由は少し変わっている。描かれたのが "mouton" ではなく "bélier" だから嫌だというのである。
 牧畜民族は、家畜の雌雄を区別して呼び、総称する名詞を持たないことが多い。たとえば、雌牛・雄牛を表す単語はあるが、両者を一括して表す「牛」に相当する単語はない。雄鶏・雌鶏についても同じである。
 さらに、家畜の雄に関しては、積極的に去勢を行うことが多い。その方が扱いやすく危険がない上、肥育が早く肉質も異なるからである。当然、種オスと去勢オスは区別して呼ばれる。羊の場合、メスと去勢オスは "mouton"、去勢していない種オスは "bélier" である。

 明治時代の日本は、日清戦争・北清事変(義和団の乱)・日露戦争と立て続けに大陸に出兵し、いろいろな意味で諸外国を驚かせました。短期間のうちに近代的な軍隊として立ち現れたのには目を見張りましたし、その精強さと士気の高さは、今後に恐れを残すものでした。機関銃陣地に向かって性懲りもなく突撃を繰り返し、いくつもの部隊を犬死・全滅させてしまうのはあきれ果てる無能な指揮ぶりでした。信じられない滑稽な事実も発見しました。「日本軍騎兵は犬みたいな馬に乗っている」「日本軍は去勢をしない軍馬を使っている」というのも、軍事関係者の間では驚きの目を持って語り伝えられたものです。「犬みたいな」というのは、日本の馬が小さかったからです。義経の機略を示すものとして有名な一ノ谷の逆落としでは、立ちすくんだ馬を(大事な財産なので、転げ落ちて死んだり、骨折されたりしては大変ですから)背負って斜面を降りた武者がいたと伝えられますし、勇猛を持って鳴る甲州騎馬軍団の馬もやはり道産子並みの大きさでした。その流れを脱却しきれない明治時代の日本軍は、「犬みたいな馬」(グレートデンと同じくらいだったのです)に乗って戦ったのです。
 「去勢」に関しては、説明が必要でしょう。去勢しない牡馬は繁殖期には手がつけられない猛獣になるのです。それでなくとも、オス同士は争いがちです。軍馬には去勢オスを使うのが常識。明治時代になっても日本にはその常識がありませんでした。

 王子は明確に "mouton" を描いて欲しいと要求している。制御できない暴れ者では困るから、"bélier" を忌避するのは、ある意味当然である。しかし、生殖能力を持つオスは困るといっている可能性もある。もちろん、羊は一頭だけだから、繁殖されては困るというわけではない。バラという女性がいる星へ、"bélier" をつれて帰るわけには行かないといっているのである。

 そもそも「なぜヒツジなのか?」というのも、問題の一つである。草や若木を食べるという点では、ウサギでも同じ役割が期待できる。食べる量や扱いやすさの点では、ウサギの方が好都合である。飲料水もほとんど要らないし、排泄物もヒツジに較べれば随分少ない。話の都合上ウサギではまずいことがあるのだ。ウサギは、外見を一瞥しただけで雌雄を見分けることができないのである。

 サンテックスは知識不足だ。品種にも依る(角が無い/退化しつつある 品種もある)けれど、原則的に、ヒツジはメスにもツノがある。オスに較べれば小さくて目立たないだけである。

 
 2-3 見棄てられた三匹のヒツジ
  プリンスが星に連れ帰るのは(ヒツジ小屋に納まった)最後の一頭だけ。彼に拒否された三頭の命運はどうなったのか? 物語の中で言及されることは、もはやない。破いて捨てたか、さもなくば、「どこかで勝手に生きて行け」と打ち捨てられたかの、どちらかであろう。うち二頭のヒツジは、病気だったり、老齢だったりする哀れな存在であるにも関わらず、である。
 実は、操縦士とプリンス以外の、あらゆる登場人物(?)がそうなのだ。役割を終えたらそれっきり。打ち捨てられて見向きもされない。わけても哀れなのは(「もし」と仮定付きの話ではあるけれど)、第13章に登場する「摘み取られて持って行かれる」一輪の花であろう。摘み取られた段階でもはや生きてはゆけぬ運命なのに、その後どう扱われたのかの言及すらないのだ。
 ドリトル爆撃隊に志願したサンテックスの残虐さ(もしくは、生命軽視)が、本人の自覚しないところで顔を出していると見るべきであろう。

 
 2-4 「1000 マイル:実在しない場所」
   Le premier soir je me suis donc endormi sur le sable à mille milles de toute terre habi.
 この“mille milles”が、正確に「千」マイルと言っているのではないことはすでに指摘した 。「ミル・ミル」と同じ音を繰り返すための語選びであることは論をまたない。しかし、それならば 500(cinq cents)キロメートルでも目的は達せられるし、事実、他の場面でこの音の繰り返しは用いられている。“mille milles”と“cinq cents kilomètre”では何が違うのか?
 トーマス・モアの「ユートピア」が“どこにも実在しないところ”という意味であることはよく知られている。「人が住んでいる場所から 1000 マイルも離れたところ」はこのユートピア、つまり、実在しないのである。世界地図を広げて、半径 1600 キロメートル(海里ならば1850km)の円内に人里がない場所を探してみるがよい。ときは 1940 年代。辛うじて南極大陸がその条件を満たすのみで、残る5大陸のうちにそのような地点を求めることはできない。半径500キロメートルならば、条件を満たす場所はありうる。サンテックスは、当然そのことを知っていた。飛行機乗りである彼には、1000 マイルの遠さが、実体験を通して理解できていたに違いない。王子と出会ったこの地点、地球上に存在しないとサンテックスは示唆しているのだ。

 2005年、新訳5種類がそろった。そのどれもが、「1000 マイル離れた場所」と直訳し、それが「ユートピア」であることを指摘していないのは驚くに値する。そんなことでは、サンテックスがそこかしこに仕掛けた騙し絵を見抜くことは覚束ないだろう。

Chapter 3.
 
 3-1 「ということは、きみはそんなに遠くから来たわけじゃないんだ......。」
 王子はじっと考え込んだ末に、ヒツジの絵を取り出してしみじみと眺める。何を「考え」、なぜヒツジの絵を取り出したのか?
 「この飛行機で、B-612 へ帰れるかも!」王子はそう期待した。ならば、この身体を運んで貰える。しかし、その期待はすぐさま打ち砕かれる。星へ行けるような代物ではないのだ。「だめか」ため息をつきながら王子はヒツジの絵を取り出した。やはり身体は捨てて行かなければならない。だとしたら、バオバブの芽を摘んでくれるのはこのヒツジだけだ。バラの星を護ってやるためには、このヒツジだけが頼りなんだ.....。 たのむよ、ヒツジ君。

 そもそも、この地点に飛行機を不時着するよう仕組んだのは王子ではないのか? ひとつには、ヒツジの絵を描かせるために。そしていまひとつには、あわよくばこの飛行機に便乗して B-612 へ帰る企みを抱いて . . . 。
 さすれば、最後の夜に、飛行機の修理ができたことを知っていても何の不思議もない。故障を直したのは、操縦士ではなく王子なのだ。砂漠に井戸を出してみせたり、飛んでいる飛行機を意のままに故障させたり、王子は異世界仕込みの魔術を使うのでは?

Chapter 4.
 
 4-1 着てる服が服だというので . . . 。
 サンテックスはここで、「おとな」に嘲られる代表としてトルコを挙げている。不用意かつ無礼な話である。他人への思い遣りという点に関しては、サンテックスはこの程度の人間でしかない(同様のことは他でも繰り返される)。
 トルコは迷妄未開の民族ではない。大帝国を築いて中近東に覇を唱えた時期もあったし、トプカプ宮殿やブルーモスクを見ても明らかなように、高い文化を誇る国である。講演旅行でイスタンブールを訪れたことがあるサンテックスは、当然そのことを承知している。また、「おとな」が物笑いにしたがる服装は他にたくさんある。それなのになぜサンテックスは、トルコを持ち出したのだろう?
 サンテックスは強烈なナショナリスト、むしろ右翼と呼んだ方がよい思想の持ち主であったことと関係がある。第一次世界大戦でトルコはドイツと結びフランスと敵対した。第2次世界大戦では中立を堅持して、度重なる連合国の参戦要請をはねつけ続けた(最終局面では連合国側に参加。日和見を決め込んだ訳である)。サンテックスはトルコが嫌いだったのだ。

 嫌いと言えば、サンテックスは日本はもっと嫌いだった(ドゥリトルの東京空襲義勇参加志願をしている)。笑い者にするのなら、チョンマゲ頭に羽織袴の日本人を出すほうが、トルコ服よりも効果的に思われる。そうしなかったのは、B-612 発見の栄誉を日本人に渡す気にはならなかったからだろう。

Chapter 5.
 
 5-1 ヒツジが小さな木を食べる
 ヒツジは草を食べる。木の芽を食べないわけではないが、好物ではない。それに反して、ヤギは草よりも木の芽や葉を好む。若いバオバブを退治するのに使うのならば、ヒツジよりもヤギを選ぶべきである。

 
 5-2 土中に眠るタネ
 土壌シードバンク。セイタカアワダチソウ等が有名。バオバブでは知られていない。

Chapter 6.
 
 6-1 44回の入り陽
 朝日と夕陽が1セットになって1日を区切るのが、大自然の摂理である。王子はこの当然のことわりに逆らって、一日に44回もの落日を作り出してしまう。気分が晴れないからという理由でである。この身勝手なやりくちは、子どもの頃のサンテックスの姿を彷彿とさせるものがある。自分専用の小さな椅子を引き摺って母親の後をついて回り、「お話」をせがんだ幼少の頃のサンテックスの姿が二重写しに浮かび上がる光景ではないか。

Chapter 7.
 
 7-1 “Monsier cramoisi”
 王子から「きのこ」と罵られる人物がいる。“Monsier cramoisi”“Monsier rouge”である。明らかに同一人物を指しているのに、ふたつに使い分けられているところは、用心しなければならない。特に後者は“gros Monsier rouge”と表現されている。(内藤 濯氏は「赤黒先生 」と訳しているが、これは論外なので、ここでは議論しない。)
 “cramoisi”を辞書で調べると、ふたつの意味しか出てこない。原義である「深紅色(の)」と、それから派生した「顔が赤い」の二通りである。“rouge”も「赤」が原義だが、こちらの方は派生義が多い。「紅潮した顔色の」という意味も、また(通常赤毛は poil de carotte だが)、rouge に「赤毛の」を加えている辞書もある。いうまでもないことだが、左翼/社会主義/共産主義といった意味もある。
 一般的には「赤ら顔」と解して、後で出て来る「ビジネスマン」に当てることが多い。事実、挿絵は頬が赤く大柄である。計算ばかりしている点もぴったり来る。この「ビジネスマン」はアメリカ人のアレゴリーであるとして、アメリカでは The Little Prince は反感を買った。
 “rouge”を単純に考えない方がよいと思う。ナチスの腕章も、社会主義を象徴する赤旗も、“rouge”である。ともにサンテックスは嫌悪感を抱いていた。社会主義は計画経済であるから「計算ばかりしている」という条件を満たす。ソ連は大国、すなわち“gros”である。Le Petit Prince が書かれたのはニューヨーク。ドイツと敵対するという意味では同盟国であるが、日本とは不可侵条約を守って(日本の方も日独伊三国同盟に反して)中立を保つという一筋縄では行かない国でもあった。ドイツが片づいた後は主要仮想敵国になると、アメリカが覚悟を決めていた時代である。

 
 7-2 きのこ
 “champignon”は果たして「きのこ」だろうか? (日本語訳に関しては「 きのこ 」参照。)

 ヨーロッパで赤いきのこといえば、ベニテングタケが代表格である。こびとの家としておとぎ話に出て来たりする。ニューヨークのセントラルパークにも出るという。ごく普通に目にとまり、子供達には人気がある。サンテックスが「赤いキノコ」としてイメージに描くのはこのベニテングタケだろう。色には変異があり、オレンジ色や黄色の仲間もある。成長すると茎が伸び、傘は水平か軽く反転するほどに開く。
 有名な毒キノコであるが、誰でも知っているから、食べて中毒する人はいない。したがって、毒があるからといって嫌われているわけでもない。「赤キノコ!」と罵られたという話は聞いたことがない。

 西日本に住んでいる人は見たことがないだろう。日本にも生育するが、東日本の比較的寒冷な地域に限られる。普通は食べないが、地域によっては、毒抜きをして食用にするという。コクがあって旨く、ハマッテシマウ味なのだそうである。

 植物学的には「キノコ」という分類単位はない。ツクシがスギナの生殖体であることはよく知られている。同じように、菌糸が集まって胞子を作るための構造体を作ったもののうち、目に見えるほど大きく、地表や樹表から立ち上がっているものを「きのこ」と呼ぶ。薬用や食用にすることが多い。フランスでは、キノコだけでなく、その本体であるカビも“champignon”である。罵りに使うとしたら、「きのこ」ではなく「カビ」である可能性が強い。

 
 

キクラゲの仲間。軸はない。日本語でも「キノコ」だが、見た目はずっと「菌類」らしい。

 
 7-3 壊れはじめたサンテックス
 逆上した王子は言いつのる。「花の香りを嗅いだこともない。星を眺めたこともない。. . . . . 『俺は重要人物なんだ』とばかり言っている。. . . 」「そんなの人間じゃなくって、シャンピニオンなんだ!」 珍しくも王子が、あからさまに人を罵る場面である。しかし、作者にこれを言わせる資格があるのだろうか。
 瓦・タイル製造会社の事務員として1年間、「計算ばかりをして」給料を貰い続けたのではなかったか? トラックのセールスマンとして務めながら、1年半で僅か1台のトラックしか売りさばけなかったのではなかったのか? 貰った給料に見合うだけの「まじめ」な仕事ぶりだったと言えるのか? ちょっと目を離すとすぐに瞑想状態に陥って、役に立たない給料泥棒だったのは誰なんだ?
 「夜間飛行」の主人公「リヴィエール」のモデルとされるディディエ・ドーラは、まさにこの無骨な計算屋の典型ではないのか? サンテックスは彼を尊敬していたはずでは?「赤ら顔」と表現したからと言って、ドーラを除外する言い訳にはなるまい。大恩あるドーラに泥を浴びせるような言動ではないか。
 我々は現実の世界の中で生きている。農民であれ商人であれ、はたまた経営者であれサラリーマンであれ、のんべんだらりと生き抜けるわけではない。まじめに、必至に働かなければならないのだ。王子にしてからが、自分の星では「まじめ」に日課をこなしていたはずだ。空を見上げる暇もないほど忙しく立ち働くどこが悪いというのか。愛する人々のもとへ生還するためには、必死になって壊れたエンジンを直さなくてはならない。その作業を邪魔した上、夢想と現実をミックスアップして訳のわからないことを言い立てているのは王子の方である。注意散漫を非難され続けたサンテックスが、童話に名を借りて倒錯した復讐を試みる。これは落伍者がする自己弁護の居直りである。王子の主張もまた、身勝手きわまる。尋ねられたことには返事もせず、自分の質問には気に入った返事を強要する。望まない返事には逆上して、己の考えを押しつけようというのだから、まともではない。この部分、「大切」だと思い込んだことのために自らを死地に追いやろうとする、晩年のサンテックスが顔を出している。

 
 7-4 トゲをつけるわけ:知る必要などない
 花が「苦労してトゲをつける理由を知る」ことなど重要ではない。何のためにそんなことを知ろうとするのか。そして、知ってどうなるというのか。
 他人の質問には答えないくせに、自分が発した問いがぞんざいに扱われたことに逆上し、愚にもつかない因縁をつけて黒を白と言いくるめようとしているのだ。

どうでも良いこと:
大事なこと:
トゲをつける理由
ヒツジが花を食べる
赤ら顔の太っちょの計算 ⇒ 基準にはならない。論理構成がデタラメ。

 「トゲをつけるわけ」を知りたがるのは、星を計数するのと同じくらい無意味で「役に立たない」ことである。大事なこととそうでないこととをごっちゃにしているのは王子の方だ。そもそも星の計算は、「どうでも良い」代表例。判定基準というものは、それを中心としてプラスとマイナスに分けられるものが選ばれる。「赤ら顔の太っちょ 」を比較の基準にすること自体、ものごとを判断する客観性に欠けるといわざるを得ない。
 「トゲをつけるわけ」が大事だというならば、「花が美しいわけ」も、「トラが草を食べないわけ」も、そして、王子の興味の赴くところ世の中のありとあらゆることが「重要なこと」になってしまう。ここで王子は、傲岸な専制君主として立ち現れている。

 文学作品の鑑賞に科学的解説は野暮というものだが、「トゲが何の役にも立っていない」というのは誤りである。
 硬いトゲに守られた茎を食する中型・大型の動物はいない。トゲだらけのハマナスやノイバラの群落、そして、乾燥地に木立となるアカシアの類ではっきりするように、有刺植物は堅固なバリケードとして大きな動物の接近・進入を許さない。トゲは立派に役立っているのだ。【棘だらけのアカシア類の葉を食べるキリンは、まだ棘が柔らかな新しい枝葉を選んで食べている。鋭く硬い棘を意に介さないわけではない。】

 フランスのある牧場。中央楕円内の花はあざみの一種。ウシよりも背が高い。
 鋭いトゲがあるからウシも食べない。若草の頃はトゲも柔らかく、その気になれば
食べられるが、牧草に較べてまずいから食べ残しているうちに硬くなり、食べれば口中
血だらけになってしまう。

 百万年も前から*トゲを作ってきた植物は、それによってちゃんと身を守っている。トゲがありながら花や葉を守れないのは、人間に「飼い慣らされ」、姿形を見せびらかすために孤立している園芸品種だからである。
【ウシは不器用で、トゲがある植物は苦手である。それに対して、ヤギは小さな口を器用に使って、ノイバラのトゲを避け、葉だけを食べてしまうという。もっと小さなイモムシや毛虫は、トゲがあろうとなかろうと、芽や葉だけを選んで食べることが可能】

* ノイバラの出現は7千万年(白亜紀末期)∼ 3千5百万年(新生代第三紀)と言われている。
 孤立:「地球のバラ達」以外の登場人物(?)がすべて孤独な点については、項を改めて論議する。

 激昂した王子が支離滅裂な論法を振り回し、やくざな語気に気おされて操縦士が謝ってしまうと言うメチャクチャな展開だが、この章は、王子に対する操縦士の気持ちが決定的になるという重要な部分である。

 詭弁を弄して主張を押し通そうとするこの点では、バラと王子の関係が、王子と操縦士のあいだがらとして再現されている。
 出逢いに際して一方的な一目惚れであったこと、別れに際しては、一方的に去ってしまうこと、その他物語の重構造性については、別項で議論する予定。


Chapter 8.
 
 8-1 ヒナゲシ達のように皺くちゃの姿で。toute fripée comme les coquelicots

 
開花を開始した蕾(左)と 開花直後の花(右)

 ヒナゲシに限らず、ケシの花は、薄くて大きめの花弁を小さな蕾に折りたたんでいるから、咲き始めは皺くちゃである。蝶やトンボの翅と同じで、液圧によってみるみるうちに伸展し、シャンと張った花びらになる。
 南ヨーロッパでコクリコは、至る所にはびこる、ごく普通の雑草。色変わりの園芸品種が出回っているが「(フランスの)三色旗の赤」と表現されるのが本来の色で、春になると一斉に咲き揃って、原野を真っ赤に染める。

 もちろん、ケシに限ったことではない。多かれ少なかれ、蕾は無理をして花弁を畳み込んでいるから、花弁が薄い多くの花では、開花後暫くは皺がある。


待宵草の一種

バラが花開くとき

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バラの花弁は厚く、蕾の中で巻き固められている。

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咲き始めてもクシャクシャにはなっていない。


 尚、サンテックスはコンスエロを「ヒナゲシ」さんと呼んだことがある。起き抜けで寝乱れた姿を見ることも少なくはなかったのだろう。

 
 8-2 太陽と一緒に : 謙虚とは言えない
 朝日と共に生まれ出るのがなぜ「謙虚でない」のか、解りかねる人も多かろう。
 エジプト新王国やギリシャ神話の例を持ち出すまでもなく、太陽信仰はどの民族も持っている。すなわち「神」と太陽は同義語である。更に、帝王は神と一体もしくはそれから任命された存在であり、太陽であった。多くの帝王は臣下が居並ぶ中を日出と共に来臨し、朝儀(まつりごと)を始めるのである。「太陽と共に生まれた」のが不遜であるのは、神や帝王と同列であると主張しているからに他ならない。【それまで Petit Prince は星の(唯一の)支配者であった】
 第2回遣隋使(607年。小野妹子や、虚実不明である「聖徳太子」で有名)の国書で「日出處天子致書日没處天子」(天子が2人!)と言い放ち、煬帝が「帝覧之不悦」「勿復以聞」と激怒することとなる。この怒りは、「国書」が不遜であるからに他ならない。
 サンテックスは一応キリスト教を信仰しているから、太陽は神と一体ではない。しかし、太陽が特別な存在であることは疑いもなく、それと同列に我が身をなぞらえるのが不遜であることに変わりはない。

 
 8-3 この星へはタネとしてやって来たのでした。ですから、もと居た星のことなんて知っているはずがないのです。
 この一文は、『タネは赤ん坊のように(あるいは卵子のように?)未発達な存在だから、記憶を維持することができない』といっているわけではない。そもそも植物であるバラの記憶システムとして神経系を想定することには無理があるから、その発達程度を記憶の有無と結びつけること自体無意味である。「タネ」は、未発達な存在として描かれているわけではない。

 このタネと記憶のくだりは、物語の最終段、王子の屍体が残らなかったことの説明/解釈に極めて重要な伏線となるのだが、日本人には理解し難い点があり、読み過ごす人が多い。

 多くの東洋人の感覚では、バラの種も、それが芽吹いて生長したバラの木も、ひとつながりの生命体であって、別の個体とは考えない。それどころか、元来は別の生命体である冬虫夏草のようなものまで、同一の個体と考える傾向がある。もっと凄いのは、チベット仏教のダライラマのように、特定の生命が時空を超えて再生し、その証しとして前世の記憶を保持していることを示したりする。形の変化に重きを置かない輪廻転生思想が、魂を生命の本質と見なすからである。
 対して、中東以西には別の生命観が支配する。たとえば、エジプトのミイラは、還ってきた魂が「自分の体」を見つけられなければ復活できないから、肉体を保存しておかねばならないのである。形が変わってしまえば、それは別の生命体。それに付随する記憶も拭い去られ、綺麗さっぱり別物として再出発する。

 「一粒の麦、地に落ちて死なずば. . . . . 。 ・・・・・ 自分の生命を惜しむ者はこれを失い、この世でその生命に執着しない者はこれを永遠の生命のために保つであろう。」*【ヨハネ福音書 12-24。】。日本人には到底理解できない発想法である。生きていればこそ芽を吹くのであって、死んでしまったら花開き実を結ぶことなぞ望みようもない。しかし、それではこの言葉は意味を持ち得ない。

*  多くの日本語訳聖書は、「惜しむ」を「愛する」,「執着しない」を「憎む」としているが、日本語として変なので、このように訳し直した。

 姿を変えて根を出し葉を開いたとき、種としての麦粒は死んだのである。麦粒は死に、芽という別の生命に生まれ変わったのだ。それが新たに100粒の麦粒をもたらしてくれる。麦粒が麦粒のままであったなら100倍の利得は得られない、とヨハネは言う。随分世俗的な損得勘定を持ち出したものである。儲けるためには麦粒はその命を捨て、別の生命として再生しなければならないのだ。
 麦粒が「死ぬ」というのは、キリスト教独特の考え方というわけではない。むしろ、このような思想が支配的に存在したからこそ、ヨハネは「現世の命に拘泥してはならない」ことのたとえ話に、麦の発芽を持ち出したのであろう。繰り返すが、発芽の前と後とでは別の生命と見なされるのである。

 キリスト教に対する信仰心は捨てたといわれるサンテックスだが、肉体と魂の不離性に関しては、上記の西洋型思想を色濃く残しており、Le Petit Prince を読み解くうえでも重要な鍵を握っている。死と肉体に関する考え方に関しては、この点を明確におさえておかないと、王子が肉体を保持して星へ帰ったのか捨てていったのか、の違いの重要性が理解できない。


バラの「種」

 園芸品店・種苗店へ行って「バラの種」を探しても、まず見つからない。あるのは苗ばかりである。逆に、薬屋や健康食品店で探せば、“ rose hips ”という「バラの実」が見つかるはずだ。これは、ドッグローズ Rosa canina をはじめとする、rose hips 生産用の栽培品種から採ったものが多い。それ以外に(ハマナス等も含めて)野外で採取したバラの実も出回っている。

七重八重花は咲けども

  七重八重花は咲けども
   山吹の
    実のひとつだになきぞかなしき

 「実の」を「蓑」に掛けた、少女 紅皿(べにざら)と太田道灌(おおた どうかん)の 山吹(やまぶき)伝説 であまりにも有名になった、源 兼明(みなもとのかねあきら。中務卿 なかつかさきょう。後に親王に復帰)の歌(後拾遺集)である。

 この歌にあるとおり、八重(やえ)咲き山吹には実がならない。一方、一重(ひとえ)咲きならば、受粉・結実する。山吹に限ったことではない。一般的に、(一重咲きから変異した)八重咲きの花が実を結ぶことはない。

  
一重咲き(左)と八重咲き(右)の 山吹の花

 あの花弁(かべん・はなびら)は、雄蕊(おしべ)が変化したものなのだ。少数の雄蕊が残っていても、もはや花粉を作る能力を捨ててしまっているため、雄性生殖能力がない。多くの場合、雌蕊(めしべ)も生殖能力を捨てているし、僅かに残っていても、八重の花弁が邪魔をして、受粉は極めて困難である。


Rose hips

 Hip と聞いて「お尻」と即答するのは、“prince” を「王子」としか訳せないのと同じだ。“Le Petit Prince”が「王子」ではあり得ないのと同じで、“rose hips” は「薔薇の尻」ではない。

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野生原種でなくとも、一重咲きのバラは珍しくはない。
(品種名:Cocktail)


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ハマナスの花。紅色が基本だが白花型 formula alba もある。

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ハマナスの語源は浜梨。その名の元になった hips。熟れると赤くなる。

 ハマナスは、数少ない野生バラ原種の一つである。総ての一重咲きバラは実を付ける。バラの実は、ビタミンCを始めビタミン類・その他に富み、お茶として服用したり、精油を肌に塗ったりする。緩下(かんげ)作用や皮膚血管拡張作用がある。

 サンテックスが描いた「バラ」は、八重咲きである。タネはできないし、これが「タネ」として何処かからやってくることもあり得ない。そんなこと、サンテックスは重々承知していた筈だ *。1000 マイルと同じく、「この世に存在するはずのない」キャラクターを登場させたのだ。

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盛りは過ぎた。あとは散るのを待つばかり。

* 彼が少年時代を過ごしたサンモーリス城には、八重咲きのバラが植わっていた。一重咲きのバラについては確認できていないが、野外で rose hips を観察する機会はあったはずだし、何より、初の婚約者ルイーズの生家は、育種苗業が家業である。一重咲きは実を結ぶのに、八重咲きは徒花(あだばな)に過ぎないことを知らなかったはずはない。【バラが八重咲きに描かれていることは、そのモデルがコンスエロであることの、一つの論拠となり得る。ルイーズもネリーも、Le Petit Prince 執筆時期には既に子持ちである。】

 本文中では、朝日と共に花開いた若々しいバラに思われる。しかし、挿絵は違う。サンテックスが描いたのは、あふれるばかりに花弁を開いた、明らかに、もう盛りを過ぎて、若くはないバラの花だ。それかあらぬか、男を翻弄する手練手管に長けている。【擬人化して花冠を顔に見せるため、軸頭に一花を咲かせているが、人為的な剪定を受けない限り、一株に花が一つだけということはまずない。】

 
 8-4 僕の花は、星中にいい香りを漂わせていた。
 このくだりに embaumait は2度繰り返される。最初の目的語は「僕の星」、その主語は la mienne 「僕のもの」である。そのすぐ前に「花の言うことなんか聞いちゃいけなかったんだ」という言葉があり、その「花」les fleurs は複数形となっている。聞き流すべきなのは一般論としての世の中の花の言い分。星中にいい香りを漂わせたのは、「僕の大切なあの花」である。
 次の段落に Elle m'embaumet et m'eclairait. と出てくる。「僕を何ともいえない気持ちにさせ、晴れ晴れとした気分にしてくれた* 」と言うことである。いたたまれず、星を捨てる原因になった相手に対する評価が、ここでは積極的にプラスの評価に変わっていることが判るだろう。

*  すでに指摘した“Yuo are my sunshine”を思い出して欲しい。

 「バラが香るのは当たり前」と読み流してはならない。ヨーロッパの、かつて豊かさを経験したことがある都市や、植民地としてその影響を強く受けた世界各地の都市を訪れて、街角で女性とすれ違えば、必ずと言ってよいほど、香水やオーデコロンの香りをかぐことになる。それぞれの個性を、強く、あるいはさりげなく主張する香りである。すれ違って香りを嗅ぐことがないと、肩すかしを食わされたような軽い落胆の気持ちを味あわされる。向こうからやってくる姿を見て、無意識のうちに、その女性のフレグランスを想像し期待しているからである。それほどまでに女性と香料との関わりは密接で、身だしなみの一つというべきものになっている。
 最近でこそ香水の香りはどんどん薄くなり、「知的」と呼ばれる女性の間では香水をつけないことも多くなった(耳朶に穴を開けたりもけっしてしない)が、サンテックスの時代はそうではない。香水を買えない階層の女性を除けば、女性と香料は切り離すことができない間柄なのである。香水は注文するか、自らの好みにしたがって各種の香水を混ぜ合わせるかして、自分だけの香りを創り出す。平安時代の公達がそうであったように、漂わせる香りは、その女性の品性を表す重要な採点対象の一つであった。ここでは、捨ててしまったバラの存在が、香りにこと寄せて再評価されているのである。
 バラが香りを漂わす女性であることに注意して欲しい。「バラはフランスのメタファーである」という主張があるが、私は賛成しない。ここに述べたような小さなことを一つ一つ積み重ねて行くと、バラはサンテックスと関わりを持った実在の女性以外ではあり得ないという結論に到達するのである。【サンテグジュペリ一族はゴリゴリの王党派だった。サンテックス自身も右翼だった。フランスのメタファーならば、ユリにした筈(バラは英国の国花である。フランスの国花はユリ)】

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Playbill 誌 (1981.12) 表紙
 ニューヨークの劇場舞台で演じられた The Little Prince の紹介イメージ画像。操縦士・バラ・プリンスが描かれている。バラがセックスアピールを振りまく存在であることに注目。
 女性を花に、花を女性に見立てる発想は、古今東西を通じて珍しいものではない。Le Petit Prince の『バラ』が妖艶な女性であることは、本文からも明白であり、モデルが存在するならば、その筆頭は彼の周りに実在した女性であると見なければならない。

 (コンスエロやルイーズ・ド・ヴィルモランが、そしてあのB夫人が、当時どんな香水を用いていたのかは、知りたいことの一つである。サンテックスが家を飛び出した頃のコンスエロは、バラをモチーフにした香水を使っていたのではないだろうか?)

 実は、リヨン・サンテグジュペリ・センターのリケルミ氏に、コンスエロの香水について尋ねたことがありました。同行した人が「薔薇の香りに決まっている」と口を出したので、せっかくの機会がオジャンになってしまいました【インタビューに際して、こちらから答えを示したり、示唆したりすることは、「誘導尋問」と呼ばれる初歩的なタブーです】。この後同じ質問をすることは無意味で、せっかく作ったチャンスを駄目にされて顔をしかめたのですが、リケルミ氏は「憶えていないが、そう(薔薇の香り)だったかも知れない」という返事でしたから、質問は空振りだったわけです。

 
 8-5 4つのトゲ
 「バラはフランスのメタファーである」という主張に私は賛成しないけれど、それでは、コンスエロを脅かすトラとはいったい何なのかと問われると、答えられない。バラがフランスならば、候補がある。ドイツが誇る無敵の6号戦車、ティーゲルである。

 この時期、王虎 Königstiger と呼ばれたヒトラーお気に入りの II 型は、まだ戦場に姿を見せていない。Le Petit Prince 執筆時期に実戦配備されていたのは I 型である【初陣は1942年8月29日、レニングラード戦線に4輛が投入された。1943年2月13日のアフリカ戦線では第5装甲軍の主戦力として、物量に勝るアメリカ軍第1機甲師団を相手に戦車150輛を撃破する猛威を振るった】。II 型より軽量(I 型:57トン, II 型:70トン)とはいえ、接近戦ですらその前面装甲を打ち抜かれたことはなく、2km の遠方からあらゆる戦車の装甲を打ち抜く強力な 88mm 砲(高射砲を戦車砲に改装。56口径の長身)と相俟って、世界最強のタンクであった。鈍重で長距離の機動戦にはむかなかったが、列車その他のトランスポーターで運ばれて最前線に投入され、ソ連や連合軍の戦車をなぎ倒した。配備車輌数は多くはなく、故障に悩まされはしたが、たった数輌で敵戦車部隊を全滅に追い込む実力があり、連合軍兵士にティーゲル恐怖症を引き起こした。終戦までに、敵戦車撃破100輌以上(最高168輌)の戦績を持つ戦車長10名以上を輩出し、フランスの命脈を断つ「トラ」であった。

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チュニスで連合軍に鹵獲(ろかく)されたティーゲル I 型戦車。
(パブリックドメイン, Wikimedia) 


 トラがドイツ戦車ティーゲルであるとするならば、役にも立たない「4つのとげ」は何なのか。あらゆるものが候補となり得るが、「4」を満たすものがない。軍隊は陸・海・空の3軍である(有名な「外人部隊」は独立軍ではなく、陸軍に所属。国家憲兵隊を勘定に入れれば4軍であるが、憲兵の任務は外国との戦争ではない)。フランス装甲師団(巡航戦車を持たず、装甲師団とは名ばかり。ティーゲルはおろか、軽中戦車混成ながら電撃戦をもって鳴るドイツ機甲師団の敵ではなかった)は準装甲の歩兵戦車を基幹とする軽師団で、ド・ゴール大佐が、ドイツ軍侵攻直後の5月15日に師団長に任命された第4機甲師団は、ドイツ軍侵攻時にはまだ編成半ば【とは言え、ド・ゴールが直接指揮したこの第4機甲師団のみは、非力な戦車(イギリス軍戦車も併合)の集中運用によって善戦し、一時的ながら反撃に成功する。ただし、ドゴールは6月7日にはもう転任】。ド・ゴール嫌いのサンテックスが、この第4師団を数に入れるとは考え難い。
 そして、「トラは草なんか食べない」その草とは?

   
トゲのないバラはない

諺: Il n'ya pas de roses sans épines.
美しいバラにはトゲがある。

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 交配を繰り返せば、トゲのないバラを作り出すことは可能だったろう。しかし、そのような努力はなされなかった。もしくは、作出に成功しても、その作品は支持を得られずに消えていった。なぜならば、「トゲの風情」もまた、バラの美しさを決める評価ポイントの一つなのだ。【トゲが少ない品種は存在する】

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 トゲは葉が変化したもの。蛇足ながら、バラの葉は「奇数羽状複葉」と言い、5枚に見えるのが1単位の「葉」である。


Chapter 10.
 
 10-1 星巡りの始まり
 第10章から「星巡り」が始まる。解説者の多くはこの「星巡り」を過大評価し、社会に存在するいろいろな人をカリカチュアライズしたものと説く。そうだろうか? 私には、ごく当たり前の描写にしか見えない。
 最初に現れる「王」からしてそうである。「王」をはじめとして、政治指導者の殆どは、既成事実を追認する事が多かった。それが、余計な摩擦を起こさず、事故の政治生命を全うするための良策であったからである。

統帥権などクソ喰らえ:関東軍の暴走と政府による追認
 たとえば、1931.09.18、柳条湖事件が引き起こされた。日本政府は既に「不拡大方針」を決めており、その周知を図っていたが、関東軍・陸軍によって無視された。21日、林銑十郎 朝鮮軍司令官は独断で混成第39旅団に越境を命じた【大命を得ずに行動したことから、独断越境司令官と呼ばれることとなる】。部隊を出動させるには天皇の裁可を必要とし、ましてや、国境を越えて軍を動かしたとあっては、紛う方なき統帥権干犯であったが、22日の閣議で若槻内閣はこれを容認【さもなくば、統帥権侵犯の重大軍事裁判となる】。このため、この出兵は正式の派兵として追認されることとなった。
 内閣も天皇制も、起こってしまったことに対しては、事後承認の一手が最も普遍的、かつ、有効な政治手段だったのである。

 この章で描かれる「王」は、将にその通りの哲学を押し通す。カリカチュアなどではない。現実描写そのものである。

Chapter 14.
 
 14-1 街 灯
 本文からは判らないが、挿絵を見ると「ガス灯」であることは明白である。

街灯の変遷
 世界で最初のガス灯(魚尾灯)は、1797年に英国マンチェスターで点され、ロンドン街灯に設置されたのは1807年。広く一般にガスを供給するガス(石炭ガス)会社の設立は1812年、ロンドン・ガス・ライト・アンド・コーク・カンパニーが世界初。3倍程度に明るくなり、魚尾灯を駆逐することになるガスマントル(白熱ガス灯)は、1886年カール・ヴェルスバッハによって発明された。【下記の通り、アーク灯はもとより、既に白熱電球が台頭していることに注意。それにもかかわらず、ガス灯は街灯として存続し続けた。新技術の普及には地域的な時間差が不可避だからである】
 電灯の最初は炭アーク灯で,1808年デービーによって発明されたが,まぶしいのと,炭素蒸気を出して空気を汚すので,もっぱら街路灯に使用された。1876年ロシアのヤブロチコフが実用化してパリの街路を照明した(グラム発電機を使用)。
 1882年、第一回国際電気博覧会がミュンヘンのガラス宮殿で開催された。57キロ離れたミュンヘン近郊のミースバッハにフランス人技師Marcel Deprezによって設置された発電機から2本の電線がガラス宮殿に繋げられ、ここに世界で初めての実用電線が引かれると共に、ミュンヘン初の電気による街灯が設置された【ミュンヘンの電化はガス会社の独占運営のため遅れたが、郊外のシュヴァービングは80年代に既に街灯が電化されていた】。ミュンヘン市内では例外的に、1883年5月、レジデンツ劇場劇場内に766個の白熱電球が取り付けられた。
 世界初の水力発電所はフランスに、1876年に設置された。1879年にナイアガラの滝に水力発電所が建設され、1881年には水力発電によって作られた電気がナイアガラ・フォールズ市の街灯用に供給された【翌年には、世界初の本格的水力発電所がアメリカウィスコンシン州のアップルトンで稼働した】。
 世界初の火力発電所は1881年アメリカに設置。【この年、世界初の海洋温度差発電所が1881年、フランス(ダルソンバール)に設置されている】

 1900年生まれのサンテックスの少年時代は、既に白熱電球の時代であったと思われる。しかし、ガス灯を実見した事はあったろう。多くの資本を投下したインフラはすぐにはなくならないし、フランスには保守的な気風が色濃く残るから、目抜き通り以外には古い方式が居残る傾向が強い。リヨンやパリでガス灯を見る機会はあったのではないかサン・モーリス・ド・レマンス村にガス灯があり、比較的最近まで残っていたことは既に述べた。尚、彼の少年時代、サン・モーリス・ド・レマンス館では油のランプで生活していたことが判っている】
 
 14-2 1年に2度働くだけ
 「北極に ..... と、南極に .... だけが、....。ふたりは一年に二度、働くだけだったのです。」
 地軸の極点に関しては、これは正しい。北極・南極で、太陽が地平に沈まない白夜と、その裏返しであるまったく太陽が顔を出さない暗黒の季節とは、それぞれ2か月程度である。残りの季節には、太陽が一部沈んで一部露出し、だんだんと沈んでいる部分の割合が変化する。
 極点以外の北極圏と南極圏では、「残りの季節」には日没と日出が起きる。太陽は、北極圏では北から出て北に沈み、南極圏では南から出て南に沈む。極圏より低緯度では白夜は起こらない。

 14-3 仕方ないね
 点灯夫は灯台守のように灯りを操作し続ける。永遠に続く罪業のようにである。王子はこの点灯夫にプラスの評価を与えている。人の役にたつ(ことがあるかも知れない)からである。
 このような仕儀になった理由は、星の回転が速まったから、すなわち、自然現象であって、点灯夫に責任はないように読める。しかし私には、ハロウィンのカボチャにまつわる伝説:石炭の火を灯したカブを手に、地獄門と現世門の闇をさまようランタンジャック(Jack-'o-Lantern)を思い起こさせる。“pas de chance”という言葉の裏には、この運命の元となった行いが秘められているのではなかろうか。

Chapter 17.
 
 17-1 地球総人口と必要居住面積

 日本語では「起きて半畳、寝て一畳」という。ヒトがその体躯で占拠する空間は小さなものだ、という意味である。

起きて半畳、寝て一畳
 出典は「諺苑」(ゲンエン)らしい。【『諺苑』は『俚諺(リゲン)資料集成』第4巻(大空社 1986 「諺苑」p.43)にあるという。http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1135832621】

 似たような考えが Le Petit Prince にも出てくる。

   Si les deux milliards d'habitants . . . . . . . de vingt milles de long sur vingt milles de large.

 多くの人が指摘する「20億人という数値は、当時の全人口にほぼ等しい」というのは、あまり正確ではない。【20億人に達したのは1927年】

1942年当時の総人口は約24億人

 とはいえ、これは現在の知識の話。1940年代にはこのことは知られてはいなかったし、戸籍がない国も多いのだから、どうせ世界の人口動態を正確に把握することはできない。サンテックスは「科学的」な数字だと信じていた可能性が高い。だとしたら「20億人の住民」に冠せられた “les” という定冠詞は、単なる習慣上の冠詞以上の意味を持つことになる。すなわち、20億は仮定の数値ではなく、実在の人口であると暗に示唆しているのだ。サンテックスの知識ひけらかし癖が、ここにも顔を出していると見なければならない。では、縦・横 20 マイルに詰め込んだ 20億人 ひとり当たりの専有面積はどれくらいになるのだろう?【野暮は承知の上。Le Petit Prince 中での記述とは裏腹に、サンテックスはこの種の数字遊びが大好きだった】
 20 億は、20 × 108 である。これを正方形に並べれば、その一辺は √20 × 104 と言う事になる。これを 20 マイルに並べれば、ひとり当たりの専有面積は、√20 × 10 - 4 マイル平方である。
 さてそれでは、1 マイルをメートル法で表すとどれほどになるのか? ここで若干の問題が起こる。国際マイルが決定されたのは1959年、すなわち、Le Petit Prince の執筆後の事である。【海里/浬 については、1929年モナコで開かれた国際臨時水路会議で 1,852 m と決定されている(米国がこれを受け入れたのは1954年、英国の受け入れは1970年のこととなるが、フランスは1929年)ので問題はない】 したがって、ここでの「マイル」は、アメリカで使用されていた測量マイル(1 mile = 1,609.347 m)と考えるべきであろう。幸いな事に、この測量マイルと国際マイルとは、小数点3桁目以下が異なるのであって、通常は同一と見なして構わない。
 さて、それならば、上式は 4.47 × 0.1609 = 0.719メートル平方、すなわち、72 cm 平方という、意外に広い面積が与えられる事となる。これは、標準的な半畳:0.91 × 0.91 m(1畳 =3尺 × 6尺;中京間。京間は 3尺1寸5分 × 6尺3寸 ; 0.955 × 1.910 m, 江戸間は 2尺9寸 × 5尺8寸 ; 0.880 × 1.760 m。団地サイズは 2尺8寸 × 5尺6寸 ; 0.850 × 1.700 m が多い) よりは狭いが、巨漢であったサンテックスでも余裕ある立位面積と言えよう。押し合いへし合いの状況とはならず、互いに触れ合わずに済む距離を保ちうる。「ミーティング(政治集会/競技会)でもするように」という表現そのままである。サンテックスは、計算した上でこの数字を出したに違いない。
 当時の世界人口が20億人前後であれば、この数字 deux milliards は動かせない。人口をそのままで、面積20マイル vingt milles 平方を 10 dix milles マイル平方にすれば、ひとり当たりの専有面積は 36 cm 平方になってしまう。これではサンテックスのような巨漢には狭すぎて、充分な余裕があるとは言いかねる結果となろう。お得意の同音反復を使いたくとも、2マイル deux milles 平方では話にもならない計算結果になってしまう。「20」マイルというスッキリしない数字には、事実に合わせるためのよん所ない事情があるのだ。

 あちこちで指摘しているように、3桁毎に単位が繰り上がる thousand/mille 系の数体系と、4桁毎に単位が繰り上がる中華系(万・億・兆)の数体系との違いには、注意を払う必要がある。20億人と 20 マイルと言う、一見、同意語反復に見える数値は、原文では2と20であり、韻を踏んでいるように見えるのは誤解に過ぎない。。

 
 17-2 サボテンと骨

ウチワサボテン

ウチワサボテンは北アメリカ大陸南部が原産。約260種が知られている。


平たい幹は、透けて見えている6角形の区画からなり、それぞれの頂点近くに各々ひとつの棘がある。


花(撮影:6月)


イチジクに似た実を付ける(撮影:10月)


発芽直後の幹は円筒形だ。


木立性の種類もある。大きくなるのは水と養分次第。

「幹」から新しく出た芽。

「幹」に見えるのも元来は「葉」。樹皮の下には葉緑素がある。幹には継ぎ目。

風媒花ではなく虫媒花。

 キリスト教宗教画には暗黙の約束事が多い。イエスが磔刑に処せられる場面では、足下に必ずドクロが描かれる。人類の祖先であるアダムの頭蓋骨、ということになっている。
 砂漠に描かれたサボテンと骨。残された原画の中には、骨もサボテンももっと多く描かれたものが存在する。最終的にはシンプルなものが選ばれた。このふたつ、一体何を暗示しているのだろう。

 
 17-3 船
 原語は Navire である。通常は「船」と訳す。外洋航海用の大型船である。しかし、これを水に浮かぶ実在の船と解釈する必然性がどこにあるのだろう?
 サンテックスはエジプトを、数回訪れたことがある。当然、壁画の類は観賞しただろうし、伝説・民話も蒐集・鑑賞したはずだ。太陽船に関する知識は持っていただろうと考えられる。それに昼用と夜用の二種類あることまで知っていたかどうか怪しいけれど、少なくとも、この世と冥界を行き来する乗り物であることは理解していたはずだ。ヘビが言う「船」は、天空を航行する「太陽船」なのだ。だからこそ、王子を B-612 へ連れて行くことができる。「もっと遠く」とは、死の世界の事である。

 
 17-4 花 崗 岩
 Apprivoiser ほどではないにせよ、日本語選びに悩ましい思いをさせられる語は少なくない。そのうちのひとつが、この章に顔を出す “granit” だ。ヘビは謎めいたことばかりを言うのだから、この “granit” の解釈が一筋縄で行かぬのも不思議ではない。
 “granit” を「石ころだらけの」と訳すべきかといろいろ調べてみたけれど、granit を “石/岩/砂礫 一般” に用いる例は見つからなかった。やはり、素直に “花崗岩” と訳さなくてはならない。だとすると、サンテックスはここでどんな謎かけをしているのか。

Granit

 granit が「花崗岩」を表すとするならば、検討しなければならない鉱物学的な用語はふたつ:「花崗岩」Granite と「玄武岩」Basalt である。【サハラと並んで、サンテックスが充実した人生を送った南米の、アンデス山塊を構成する「安山岩」Andesite も、横目で睨んでおく必要があるのかも知れない。】
 思い切って単純化してしまえば、花崗岩は陸地を、玄武岩は海洋底を、それぞれ構成する岩である。僅かとはいえ比重が異なり、生成過程も違うから、花崗岩は玄武岩の上に「浮いて」、陸地を構成することになる。もちろん、その通りにはならない。玄武岩質マグマが冷え固まったものが玄武岩であるから、海嶺由来の火山性島嶼はもちろんのこと、陸性台地であるデカン高原も玄武岩でできている。

花 崗 岩

 「花崗岩」という名前(現代中国でも同じ漢字を用いる)は、江戸時代の日本でつけられたものであることはほぼ確かであるものの、その語源・由来は不明である。日本各地で産出され、神戸市の御影地区で切り出されたものが優質・有名であったために、建築用や墓石用として、「ミカゲイシ」という呼び名が花崗岩の代名詞となった(資材としての「花崗岩」は、鉱物学でいう「花崗岩」より包括範囲が広く、花崗岩質のもの・それに類似のものを含んでいる。e.g. GRANITEC 社:花崗岩のカラーサンプル


 瑞浪(ミズナミ)超深地層研究所地下 400m の水平坑道(予備ステージ, 2009.10.17 貫通)で掘削された花崗岩の破片。表面は新鮮で、風化も研磨もされていない。
 東濃一帯の地下には、土岐花崗岩(トキカコウガン)【土岐は地名・土岐郡から。〔瑞浪町と土岐町が合併して瑞浪土岐町となり、1954年、更に広範囲に合併し(このとき、この標品の産出地である明世(アキヨ)村 [戸狩(トガリ)や月吉(ツキヨシ)] も合併)瑞浪市となった。[蛇足ながら、現在の土岐市は、土岐津(トキツ)町という名だった] 〕】と呼ばれる基盤岩が存在する。土岐花崗岩の生成時期は、約 7000 万年前(白亜期末)。


 鬼岩(オニイワ)公園に見られる土岐花崗岩の露頭。花崗岩は風化を受け易く、堅い石英類が粒となって残るため、表面がザラついていることが多い。

玄 武 岩

 玄武洞(ゲンブドウ)一帯は約 165 万年前に噴出した溶岩塊で、石材採掘の採石場であった。この画像は、玄武洞右上方の岩壁。画面左の柱状節理側面(褶曲によって縦〜横の曲線を描く)がしなやかな竜/蛇の胴に、画面右の六角形の断面が亀甲模様に見え、黒ずんだ色と相俟って玄武(亀と蛇が組み合わさった想像上の動物。玄には「黒」という意味もある。尚、方角としての「玄武」は「北」を表す)洞の名が与えられた。周辺には同様の洞窟があり、白虎(ビャッコ)・青龍(セイリュウ)・その他の名がつけられている。 「玄武岩」の名はこの玄武洞に由来する。


 柱状節理の石柱(および放射状節理の板状岩)を大小組み合わせて、要塞の建築資材とした例。各種の長さ・太さの石材を選んで運搬後、石材置き場から適当なものを選び出して組み上げるだけ。節理は簡単に外れるし、既に折れているか、切断するにしても手間は掛からないので、採石が容易。第一、この島には玄武岩と珊瑚礁しかないから、運搬とサイズに適した露頭を選び出すのが最大の要件となる。【ミクロネシア・ポナペ島 Ponape ナンマドール Nan Madol。1974.08.26・ニコンF・ニッコール 50mm F2・Kodachrome】

 ここで “granit” を持ち出すに当たって、サンテックスがどの程度の知識を持っていたのかが問題となる。

 花崗岩に含まれる石英質は固く頑丈である。そのため、花崗岩が風化を受けると、細かな土と、石英質の砂粒とに分離する。サハラ砂漠の砂も、花崗岩質の山塊が崩壊・風化して作られたものである。黄塵は吹き上げられて遠くへ飛ばされ、土漠を作ったり、海へ撒かれたりする。それに較べて、石英質の砂粒は比重が重いため風による移動速度が鈍く、滞留して砂漠(砂沙漠)を構成する。砂漠の生き物である蛇が、大地のおおもととして granit を持ち出しても不思議はない。そして、サハラ砂漠の砂粒が花崗岩由来であることを、サンテックスは知っていたと思われる。

 陸地の基本岩盤が花崗岩であることも、サンテックスは知っていたことだろう【ただし、地質学・鉱物学で花崗岩を表す時は、サンテックスが用いた granit ではなく granite を用いるのが原則】

 もうひとつ考慮せねばならない事実がある。実は、太陽系の主要惑星(と言っても、火星より内側の惑星[= 地球型惑星]と月)の岩質は玄武岩で、花崗岩を併せ持っているのは地球だけなのである。惑星/小惑星を巡った後に地球へ辿り着いたプリンスに対する言葉として、「花崗岩でできた地球」は、天文学的にも実に正しい。
 【この場面、“ . . . , sur cett Terre de granit. ” と大文字で表されているから、この “Terre” は「地球」である。そのすぐ前で、“ Celui que je touche, je le rends à la terre . . . ” 「土に還してやる」と小文字で書かれるのは、“地面・大地”のこと。ふたつはきっちりと書き分けられている。】
 しかし、LePetit Prince を執筆した 1942 年に、これら惑星の組成岩質が判っていたわけではないだろう。サンテックスがそれを知っていたとは、考え難いのだが、彼が知識をひけらかしたという可能性を、完全には否定できない場面ではある。

Chapter 18.
 
 18章は、(「あきんど」の章と並んで)11行しかない一番短い章である。わざわざ1章を割り当てるからにはそれなりの意味があると見なければならない。

 18-1 花弁が3枚だけの花の意味。
 フランス人が「3」に込める第一のものは「三色旗」である。たとえば、サンテックスと同じ時期、フランスに残って「全国作家委員会」を組織し、地下活動をした抵抗の詩人アラゴンの詩を示せば:

  未完の6つの壁掛け

大地よ大気よ水よ火よ 我が苦悩の毛氈よ
涙よ歌よ 私の愛よフランスよ

四つの元素よ四方の風よ四季の花々よ
だが わたしには三つの色で足りるのだ

あなたの気にいる 空と雪と血の色で
わたしのうたう歌は 怒りの歌だ

火事だ火事だ と叫ぶ季節(とき)は過ぎた
わたしたちの家は燃えてしまったのだ

鏡のなかの ひとびとの深い憂いの色
ひとびとはいまやメシアに似ている

水のほとりでわたしが愛する「夫人」にあった
フランスこそわたしの「夫人」だがわたしはランスロではないのだ

  ..................................

 そして七番目の壁掛けは 一週間の終りの日曜日のように 小鳥と花々と暗い茂みで織られ そしてまたひとびとと武器と馬と戦火と殺戮と 踏みにじられた女たちと扉に釘づけにされた子供たちと地下牢で車刑にされた英雄たちからなる
 そして 牢獄の奥から湧きおこる偉大な叫びで織られ 偉大な叫びと共に 希望はついに絶望を引き裂き始める

アラゴン:フランスの起床ラッパ
大島博光 編,三一書房 より
 

 


 いうまでもなく「空と雪と血の」三つの色とは三色旗(トリコロール)のことである。
 6という数字は、聖書・創世記にある、神が作業を行った6日間を指すのが普通だが、この詩の場合は内容が創世記と対応しない。とはいうものの、「七番目」の連は「日曜日」である。
 第6連は注釈なしでは理解ができないであろうが、話の本筋から外れるので、ここでは説明しない。

 「花弁3枚だけの花」はフランスのこと、と解釈するべきものである。数字「3」は、次の第19章にも現れる。

 
 18-2 異様な挿絵:バオバブ並みの大きさ
 次の章に花の挿絵がある。19章に「花」は登場しないのだから、18章の「花弁3枚だけの花」の絵だと思われる。本来は18章に刷り込まれるべきものが、印刷技術上の理由から、次のページに回されたものであろう。

 ふたつ描かれた花のうち、少なくとも片方は5弁(またはそれ以上)の花である。もう一方は横向きで花弁3枚が描かれているが、蕊が見えているから、同じく5弁花の花弁が1〜2枚散ったか、重なって見えないのだと考えるのが自然であろう。だとすると、物語の内容と挿絵との間に整合性が欠けている。
 蟻の行列のようなものが画面を斜めに横切って砂丘の彼方へ消えて行く。(または彼方から手前へ続いている。) 砂漠に行列を作る蟻はいないから、これは人の足跡と解するのが素直であろう。だとすると、足の大きさと歩幅から考えて、この絵はバオバブのごとく巨大な植物が、小屋ほどもある大きな花を咲かせている事になる。砂丘との比較からもこの判断は支持されるが、巨大な花木によって一体何を表そうと意図したのかは、理解できない。
 かりにフェネックの足跡だとしても、ヒマワリ以上の大きさになろう。実在する植物である可能性は極めて薄い。合理的な説明を試みるよりは、サンテックスの不注意、と考えるのがいちばん素直ではないかと思われる。

 
 18-3 人間たち複数の意味付与
 原文は Les Hommes である。「人間たち」と訳すのは間違いではない。この文の表向きの意味はそれでよい。
 “Les Hommes”は、 「男達」と訳すのがふさわしい場合もある。数字「3」が三色旗を寓意するものであるとするならば、それはペタン将軍のビシー政権であり、“Les Hommes”は、その政権に失望して離れていった「国民」、更には、抵抗運動に身を投じた男たち(=戦士たち)であると読み解かねばならない。
 「隊商」は“Caravane”であるが、巡礼の行列や登山者の隊列も Caravane である。闇に紛れて村から村へひっそりと移動するレジスタンスの隊列もまた、“Caravane”に他ならない。ナチの探索の目を逃れて転々と居場所を移す根無し草。艱難辛苦に耐えている。
 「戦う男達はどこへ行った?」と詰め寄るサンテックスに、「6・7人は居たかなぁ。どこかへいっちゃったよ。」と頼りない返事。彼は見切りを付けて別れを告げ、ニューヨークへと旅立った。

 Adieu, fit le petit prince.
 Adieu, dit la fleur.

 ここで faire という単語を使うのは些か苦しい。頭韻を踏むために無理をしていることがお判りだろう。“Adieu”は再会を期さない永訣の挨拶である。

 
 18-4 気取らぬ花はかない存在への別れ
 さて、些末な言葉の解釈はこれくらいにして、この章の本質に触れなくてはなるまい。

 「simple」の原義は「一重(ひとえ)」である。物については「単純な」,人に関しては「気取らない」「無邪気な」「お人好しの」といった意味が派生する。

三枚の花びら:トキワツユクサ

三弁花の代表といえばツユクサの仲間。その典型のトキワツユクサ。花冠は 1.3cm 程度。

 

日本人にとってツユクサといえばこのようなボウシバナ型。とても
三弁花とは思われないが、よく観察すれば三弁であることが判る。

 ボウシバナのような凝った作りの花冠では、下に述べる、地味な「一重」で「飾らない」「気取らない」という意味合いは感じ取れないが、トキワツユクサのような花型ならば simple の表現がぴったりである。これでも華やかすぎるというのであれば、米粒ほどの大きさで花弁がもっと丸みを帯びたブライダルヴェールがある。ただしこちらはカスミソウのように数で勝負の騒がしさを持った匍匐蔓性の性質。

ブライダルヴェール。花冠は 5 - 8 mm。

 この章で「simple」は「つまらない」ではなく、積極的なプラスの評価を表している。地味な「一重」で「飾らない」「気取らない」この“une fleur”は、あらゆる点で星に残したバラと対蹠的であることを読み取らなくてはならない。それでなくては、たった11行の短い章がわざわざここに配された意味が理解出来ない。
 “une”と不定冠詞がつくこの花は、王子にとって行きずりの花である。水をくれる人も、衝立を立ててくれる相手もなく、厳しい砂漠のただ中で、たったひとり明るく生きている。

 Bonjour, dit le petit prince.
 Bonjour, dit la fleur.

 3回の応答しか交わさない会話の冒頭がこれである。そして、

 Adieu, fit le petit prince.
 Adieu, dit la fleur.

 と別れを告げる。地理学者から「はかない」という意味を教えられた王子には、この花がはかないものであることが判っている。だから“Adieu”* である。花にはそれは判らない。王子以外には、たった一度しか人を見たことがない花にとって、去って行く王子に再び合おう筈はないから、“Adieu”は当たり前の別れの挨拶に過ぎない。広い砂漠でたった一本生きていて、仲間の死を見送った経験もないから、自分がはかない存在であることには気づいていない。“simple”なのである。
 王子はそれを花に気づかせまいとする。さりげなく告げる別れの言葉に、その気遣いと心の重さが込められている。出会いの挨拶は両者ともに“dit”である。別れに際して、王子は“fit”しているのに、その悲しい心に気づかない花は“simple”に“dit”している。(“faire”は他の単語でも構わないが、“dit”に対応して“fit”と韻を踏むところがサンテックス流である。因みに、バラに別れを告げたときは Adieu, dit-il à la fleur. である。)

 * 王子は着陸地点へ戻るために、往路と同じ道を逆にたどったはずである。しかし、その帰路にこの花は姿を現さない。【この花ばかりではない。地球上で往路に行き会ったあらゆるものが、帰路には現れていないのだ。王子の旅は一方通行である。】

 この後、やがて砂漠を抜け出た王子は、5千のバラに出会う。さらに、“une fleur”や“les roses”と“ta rose”の違いを狐から教えられる最大の山場へ向けて、頂上直下の登りにかかる重要な地点がこの章である。頂上に立ったその瞬間、一気に展望が開け、見えなかった物が見えるようになる。それをサンテックスは「目には見えない」と表現する。苦しい登りに耐えて頂上に立てば、登り道では見えなかった物を「こころで見る」ことが出来るようになる。やがて訪れるその地点へ向けて王子は、はかなく simple な砂漠の花と、星に残した儚くあでやかなバラとのことを思いながら、次の章で山に登る。

Chapter 19.
 王子は山に登る。山登り自体は象徴的なもので、物語の筋書き上の意味はない(削除しても影響がない)。後に続く第21章が物語の頂点(山場)であることを、暗示・予告しているのであろう。

 
 19-1 こだま:またしても
 こだま以外に、王子の叫びに答えるものとてない。サンテックス一流の繰り返しの音韻美学が発揮される。

 Bonjour... Bonjour... Bonjour...
 Qui êtes-vous... qui êt es-vous... qui êt es-vous...
 Je suis seul... Je suis seul... Je suis seul...

 「3」が寓意するものは三色旗であろう。狂おしく呼び掛けても意味のある応えを返さない虚しい相手。それはほかならぬ故国フランスである。

Chapter 21.
 
 21-1 apprivoiser
 一語で日本語に訳すことは永遠に不可能であろう “apprivoiser”。その解説もまた多難。しかし、いつまでも放って置くわけには行かない重要な単語であるからには、少しずつでも書き足して行かねばならないだろう。

  1.  子どもはお呼びでない
     ある種の人は、「フランス人の子どもに読ませてみると、皆 "apprivoiser" は «動物を飼い馴らす» 意味であると言う」と、自己の主張が正当であるかのように言い張る。これは間違いである。キツネが説く人生の機微が、子どもに判ろう筈はないであろう。Le Petit Prince は子ども向けの読み物ではなく、子どもの解釈は何の意味も持ちはしない。「フランスの子ども」を楯に、主張の強化を図ろうとする態度には賛成できない。
  2.  子どもの頃のサンテックス
     サンテックスが子どもの頃、夏はサン・モーリス・ド・レマンスの館で過ごすのが常であった。そのおりに、野鳥や家禽・ペットに親しみ、いつくしみ、世話もした。つまり "apprivoiser" したのである。しかしそれは、世話をして「責任がある」筈のウサギが食卓にのぼれば、舌鼓を打ってそれを食する類の "apprivoiser" でしかなかったし、かわいがっていた白鼠がサン・モーリス・ド・レマンス館に到着した翌朝に小屋から行方不明になっていても、数時間後にはけろりと忘れて他の遊びに興じていた。 【p. 76, Simone de Saint-Exupèry, Cinq enfants dans un parc, èd. Alban Cerisier, Gallimard, 2000.】
  3.  Renée の apprivoiser
     子どもの頃はともかくとして、長ずるにしたがってサンテックスの "apprivoiser" は、彼独特のニュアンスを帯びることとなる。男女の間にそれが使われるとき特に顕著である。たとえば、既に指摘したように、Renée de Saussine に宛てた彼の書簡集 Lettres de Jeunesse 中に現れる "apprivoiser" は、仏和辞典に並んだ単語をそのまま当て嵌めたのでは真意をくみ取ったとは言い難い。
  4.  キツネは単なる野生動物ではない
     明らかに擬人化されており、おそらくは、誰かモデルが存在する。それに対する "apprivoiser" は、「飼い馴らす」ではあり得ない。第一この日本語では、主従・上下関係が不可避である。原文から感じ取られるニュアンスは、彼一流の男と女の間に生じる主従関係はあっても、それ以外の上下関係は認められない。
  5.  モデルは誰か?
     キツネのモデルはシルヴィアではないか。 金のブレスレット
 
 21-2 最大の謎:王子は何の必要があってバラ達を侮辱したのか?

   地球のバラ達が王子に何をしたというのか。陽の光を一杯に浴びて無垢な日々を送っている地球のバラ達のところへ、ある日通りすがりに一人の少年が迷い込んで来る。笑いさんざめくバラ達の姿を茫然と眺めた末に少年は、勝手に落ち込んで「ぼくのバラは特別なものじゃなっかったんだ」と泣きっ面をしながら去って行く。数日(?)後またやって来て「君達はありきたりのバラに過ぎない」と言い放つ。行きずりに出会った存在である以上「水を掛けてやったり」した「特別な関係 *」でないのはあたりまえのことだ。ありきたりであろうとなかろうと大きなお世話というものだろう。そのような辱めを受けねばならない謂れはない。バラ達はブーイングを以って王子を追い返すべきだったのだ。

新日本製鐵株式会社 #303 ばら園

 一体なにゆえ作者は、このような筋書きにしたのだろう? キツネの教えを確認するためならば、バラ達を侮辱する必要はない。彼女たちの姿を眺めながら、心の中で独白するだけで充分だ。ノコノコと出かけて行って、バラ達の心を傷つけるような仕打ちをする必然性があったのか?
 作者の不注意にすぎない、というのがひとつの可能性。そもそもサンッテクスは(文体に凝りはするけれど、その内容には)あまり注意深い作家ではない。この程度の無神経さは驚くに値しないのかもしれない。
 もし単なる不注意でなかったら、どのようなことになるのだろう? Le Petit Prince は、コンスエロへのメッセージを込めた私小説としての側面を持つ。星に残した“バラ”がコンスエロであることはまず間違いがない。とすれば、地球で出会ったバラ達は、彼の“ミニョンヌ”(愛人,かわいこちゃん)達ということになる。執筆時期の事情から考えて、シルビア・ハミルトンは除外される。B夫人も別格だ。作者がこのようなことを通告する筈はない **。 それ以外の女性たちに向かって、かように酷薄な宣言を突きつける程、作者の精神状態は荒んでいたのだろうか?

* 古今東西の絵画や文学で、「濡れる」・「水を掛ける」は性交渉の隠喩として多く用いられるている情景・言葉である。だとすれば、「特別な関係」は、肉体関係があることを意味する。
** とはいうものの、この執筆時期、サンテックスとB夫人とは疎遠になっていた。加えてシルビア・ハミルトンに夢中。果たして除いて良いものかどうか疑問は残るが、その後の進展はサンテックスの心がまたB夫人へ戻ったことを表している。

地球のバラ達

  B612 の「バラ」とは異なり、

  デモ

 
 21-3 唯一の複数登場者
 王子と対話する登場者は、地球のバラたちを除けばすべて孤独である。地球の人口構成を述べるくだりは操縦士の語りであるし、列車の乗客は「その他大勢」の脇役であって、王子と会話することはない。バラたちだけが5千もの群衆として王子と対峙する。そのバラたちひとつひとつは、「死ぬ気になってくれる」相手をそれぞれに持っているであろう。それなのに、自分のことしか考えない身勝手な王子は、「自分にとっての価値」だけを一方的に言いつのって、バラ達のもとを去ってゆくのである。ただ一人だけを見つめることと、衆を眺めるだけとの違いがくっきりと浮かび上がる。この場面、バラ達一人一人を見分け、一対一の対応をする能力を持たない王子の方にこそ非があると断罪せざるを得ない。

 
 21-4 心で見なくちゃ、ものごとはよく見えない。かんじんなことは目には見えないのさ。

   “On ne voit bien qu'avec le coeur. L'essentiel est invisible pour les yeux.”

   サンテックスの言葉の中で、一番人気がある。彼の思想を表す最も重要な言葉の内の一つとみなされている。しかし、言葉の内容それ自体は、ごくあたりまえのことを言っているにすぎない。

  肉眼で見るものより心の目で見ることのできるものの方が、はるかに真であり美である。

デモクリトス

 デモクリトスは、その業績をプラトンが恐れたと伝えられる古代ギリシャの大哲学者である。晩年に失明して上記の言葉を残した。

   西欧にとって、古代ギリシャとその文明を継承した古代ローマは精神の故郷である。二つの時代をあわせて「古典古代」と呼ぶ。その思想や文言は、学校でも必須の授業内容で、常識として無意識の内にヨーロパの人々の生活を律し、思考を浸している。中世暗黒時代を隔てて、ルネッサンスが回帰をはかった原点であり、近代・現代ヨーロッパの文化基盤なのである。
 サンテックスは、その学歴からいって高等教育を受けたとは言い難いが、高等学校でギリシャ哲学は学んだはずであるし、何よりも文学者のはしくれなのだから、上の言葉を知らなかったとは考えられない。二つを比べてみると、サンテックスの方が言葉としては洗練されているが、残念ながら、内容においては些か矮小な縮小再生産であることを否めない。

 
 21-5 孤独なキツネ
 黄金色に色づいた麦畑を見る度に、王子の金髪を思い出すだろうとキツネはいう。何と哀しく惨めな話だろう。実りの季節、風に波打つ麦畑は「きつね色」。そこで思い起こすべきは、両親や兄弟姉妹・子ギツネ時代共にじゃれ合い共に走り回った仲間達の姿でなければならぬ。それなのに、王子に出会うまで麦畑は何の意味もなかったという。無関心な理由は「パンなんか食べないからだ」と。それでは、彼が最も関心を持つ「ニワトリ」は、どんな色をしていたのだろう? テリトリーを見回り餌場を巡回するために、林を過ぎ、草原に出で、麦畑に身を潜めてあたりを窺ったことはなかったというのか。 それらのことどもは麦畑の想い出には結びつかず、穂波を見ても何の感慨も催さないというのだから、随分貧しい感性の持ち主といわねばならない。
 王子と会話する登場者は(前述のように、地球のバラ達を除いて)すべて孤独である。このキツネ、親兄弟や仲間も知らぬ、天涯孤独の侘びしい毎日を過ごしていた筈。なればこそ、キツネの方から王子に声をかけたのだ。孤独ゆえに到達できた境地と、夾雑物を排したが故に得た哲学。その心髄を王子に伝える。その報酬として得たものは、愛別離苦であった。

 仏教では、生命が根源的に内包する苦しみを四苦(生苦・病苦・老苦・死苦)と呼び、更に、人として社会生活を営む上で生ずる四苦(愛別離苦・怨憎会苦・求不得苦・五陰盛苦)を加えて八苦とする。

 
 21-6 花魁の手練手管
 キツネを apprivoiser するためには、ちゃんとした手順を踏まねばならない。最初の日は、手が届かない位置に座って、じっと見詰めるだけから始まるのだ。時間をかけて少しずつ近づき、情を確認したところでやっと触れ合うことができる。rite が必要なのだ。
 江戸時代の性産業に知識を有するものなら、これが吉原の花魁(オイラン)職にある女性と馴染みになるための儀式そのものであることに気付くだろう。初見の日は、姿を見詰め、会話を交わし、吸い付けタバコを貰うことだけで、貴重な金と時間が過ぎてしまう。気の利いた会話ができなければ、裏を返すことは許されない。「袖」である。
 なぜこの場面で、キツネがこのような手練手管を繰り出すのか理解しがたい。apprivoiser してくれと申し出たのはキツネの方なのである。

 フランス映画に“Le renard et l'enfant”と言うのがある。雀斑だらけの女の子(8歳)が森で偶然見たキツネの美しさに魅せられて、少しずつ接近し、成功はするものの、最後には「独り占め」しようとしてキツネに嫌われ、逃げられてしまう。NHK のテレビ番組でも放映されたので、ご存じの方も多い事だろう。オオヤマネコの他、オオカミ・熊・ハリネズミ・その他の動物や、豊かなヨーロッパの四季を堪能させてくれる、詩情溢れる映画である。
 その映画中、はじめは“renard”と表現されるキツネがメスと判明(恋の季節を経て出産)すると“renarde”と呼ばれるようになる。すなわち、キツネ一般は“le renard”なのである。
 サンテックスは、この常識を悪用したのではないか? 女性である事がはっきりしている“renarde”をわざとぼかして、一般的な“renard”にすり替えることによって、キツネのモデルが女性であることを誤魔化そうとしたのだ。ただし、モデルであるその人には、はっきりと自分が“キツネ”であることを判るように、複数のエピソードを織り込みながら、である。

 キツネの影が極めて濃厚なシルビアの場合は、逢ったそのときに、彼女の方から彼に言い寄った。コンスエロ(だけではなく、ほとんどの「可愛子チャン」)の場合はサンテックスの(実に軽快な)一目惚れだった。ネリー(B夫人)だけは時間がかかった【実態は、ネリーの一目惚れであったろうと思われが、すぐには、それと面に表さなかった】。懇ろになるためには時間がかかると主張するこの場面には、ネリーの姿が投影されているのかも知れない。【ネリーとはいつの間にか、以心伝心で少しずつ近づき、最終段階までに数年(多分5年)間かかった。】

   

Chapter 22. 転轍夫
 
 22-1 信 号 所
 原書僅か24行の短い章で、挿絵もない。情景描写も充分とは言えない有様である。駅舎やプラットフォームの描写がないから、停車駅ではないと考えられる(転轍夫の “cabine” が駅舎の一室である可能性は残るが、1940年代のポイント切り替えの実情からすると、独立した小舎であると考えるべきであろう)。仮に停車駅に付属した切り替えポイントの操作小屋であったしても、駅から離れた場所にあるものと判断して良い。【区間閉塞のタブレット交換を、この転轍夫は行っていない。このことからは、交換を行う停車駅が直ぐ近くにあるものと考えるのが妥当であろう。すなわち、下欄(1)のタイプ(ただし、特急列車通過駅)と考えられる。】

(1)

停車駅・待避/引き込み線

(2) 

分 岐 点 

 「『少なくとも分岐前は複線でなければならない。なぜならば、短時間のうちに、2本の特急列車の間を縫って逆方向の列車が通過しており、単線では、どこかで衝突が起きてしまう』が理解できない」とのことですので、説明の矢印と文字を付け加えました。郊外列車は、フランス・アルゼンチンでは左側通行,アメリカでは C & NW 社のみが左側通行でそれ以外は右側通行。どちらで説明しようかと迷いましたが、説明内容に影響がないので、世界中の主流である左側通行で矢印を打ちました。

 (1)の場合、プラットフォームがあれば停車駅、なければ、追い越し/すれ違い用一時停車の信号所待避線である。(2)は、異なる方向への分岐点となる。
 (1)で待避線へのポイント切り替え(すなわち、信号操作する停車駅が付随していない)場所である場合と、(2)のタイプである場合は、列車を一時停止させるための信号操作機能を併せ持っているはずである。

 
 22-2 列 車
 


America Locomotive Company 製作, Milwaukee Road F7
撮影:1943 年, Illinois 州, Bensenville
Public Domain, Wikimedia


Union Pacific Railroad #3935
撮影:1940 年, California 州, Los Angeles
Public Domain, Wikimedia

 特急列車と聞いて、電車を想像したりしてはいけない。時は1940年代、サンテックスはアメリカに住んでいた。アメリカでもヨーロッパでも、高速客車用の機関車は蒸気機関車 Steam Locomotive であった【ディーゼル機関車 DL も実用化されていたが、弱点があり、特急のような高級旅客用列車には使われていなかった】。客車の窓は開けることができる。

 
 22-3 転 轍 機

 列車を正しく進行させるためには、レールの分岐を正確に選ばなければなりません。レールを枝分かれさせるセット部分を分岐器と呼び、分岐器のポイント部を稼働させる装置を転轍機と言います。現在は多くが無人・遠隔操作型の電動式ですが、サンテックスの時代にそんなものはありません。急行列車が通るような主線の分岐点ならば、専属の操作員が駐在し、転轍小屋があるのが普通です。


車庫引き込み線への分岐と転轍レバー
ソース:http://www.lrpresse.fr/trains/album_mod/upload/18bb48cd64110d630aa69d945729164f.jpg

 分岐点一つに対し、一つ(または一組)の転轍レバーが配置されているのが判る。無人・野外型なので、番号入りの信号円盤(番号が分岐点番号を表し、円盤とそれが付いている腕の水平・垂直によって分岐方向を表す)が付属している。



ソース:http://pointmuseum.web.fc2.com/001katabiraki.html

 最も単純な、片開き式の分岐部レール。無人・遠隔操作式で、人力用のレバーは付いていない。【分岐点の原理や実際に関しては、「ポイント美術館」が特級お勧め。】


ダルマ転轍機
ソース:ファイル:Onda-Point-Machine.jpg - Wikipedia
ライセンス: クリエイティブ・コモンズ 表示-継承 3.0 非移植
撮影者:Yaguchi

 使用頻度が高くない分岐点では、専属の操作員がおらず、現場の作業員が切り替えを行うか、一旦停車して、列車の乗務員が下車・操作する。野外で無人が原則。
 通常はこの例のように、信号機としての役割も果たすよう、塗り分けられた円盤がレバーに固定されている。


日本国有鉄道日南線(九州)油津駅の男女駅職員と転轍レバー(1945年)
ソース:http://41-31.at.webry.info/201007/article_4.html

 駅構内に設置された人力用レバーの例。Le Petit Prince 中の転轍夫が操作したのも、このようなタイプのものであったはず。

 戦時動員で男性を招集され、市電やバスの車掌を初め、国内の職場には女性の姿が溢れました。当時、油津駅には30名ほどの職員がおり、約10人ほどが十代の女性で占められていた由。彼女たちの任務は、駅務の他、貨車の入れ替えに伴う構内作業や転轍機の操作までが含まれていたとのこと。

【写真投稿者様:掲載許諾を得ようとしましたが、連絡先が判りません。ご覧になりましたらご一報戴けると幸いです。】

 
 22-4 子供はいいな

Chapter 23.
   23-1 循環小数:一週間で53分
 53 は7(一週間)では割り切れない。無限に続く循環小数*となってしまう。実は53は素数であって、割り切れる数はない。サンテックスはここで何を言おうとしているのか。

*  「循環小数」と書くべきところを誤って「無理数」と表現していると 浅井徹也さん からご指摘を受けました。「無理数」とは、循環しない無限小数【例:円周率 π】のことです。分母・分子が整数であれば「無理数」にはなりません。不注意、お恥ずかしい限りでした。訂正させていただきます。浅井さん、ありがとうございました。 (2006.7.24)

 7日間は168時間=10080分。53分を差し引いた残りは10027分であり、これは素数ではない。したがって、サンテックスがこの残りの数字に何か意味を込めたとは考え難い。【10037 ならば素数である。引き算を間違えて(サンテックスは、「ファラオ問題」等で、同様の誤り〔 25 − 19 = 7 ! 〕を犯した例があるので)、53 と 10037、すなわち、二つの素数を提示したと誤解した可能性がある 。Le Petit Prince の(表向きの)記述とは裏腹に、サンテックスはこの種の数字遊びが好きだった】 (2010.10.20)

 水は生きている人間にとって必須の物質である。もはやそれを必要としない状態とは『死』を意味している。一粒飲めばもう水が欲しくはなくなる丸薬とは、死をもたらす毒薬以外の何ものでもない。しかし、「週に一粒づつ」というからには、死んでしまうわけではない。
 王子は53分の節約よりも『泉』(次項参照)を求めてさまよい歩くことを選ぶ。『死』ではなく『生』を採ったのである。『あきんど』の星(=地球)での選択だったのか、それとも、すでに『死』を選び取ってしまったことへの反省だったのだろうか。
 【この丸薬の話、スイスのジュネーブでルイーズと一緒に「禿の特効薬」を探し求めた23歳の頃の逸話を思い出させる。】

 
 23-2 謎の挿絵:共同水栓(=日常の水)
 多くの挿絵の中で、配される必然性が感じとれない唯一のもの。それが“fontaine”である。あまりにも短すぎる章の空白を埋めるために、絵を描いたとしか思われない。それほどまでにして述べたかったことがこの章には潜んでいることになる。

グラースの街中で見かけた“fontaine”。
流れ落ちているのは自噴の地下水である。

 “fontaine”は共同井戸(自噴泉)のことである。誰でも自由に使える、日常身近な生活用水を常時溢れさせている。この時点で王子は、現実の水を必要とする肉体を有していたか、または、水を必要としていた頃の自分を思い起こしながら『あきんど』を批判していることになる。

Chapter 24.
 
 24-1 
 『死』と『ともだち』と。<未完>

 
 24-2 井戸の発見
 水を必要としない王子が『井戸』を捜そうという。「水」でも「泉」でもなく、『井戸』である。【前述のように、“fontaine”は自噴泉であるから、労することなく「水」を手に入れられる。対して、『井戸』から「水」を得るためには、道具(手続き)と労力が必要である。】
 地中深くに『水』を秘めた、(通常は)『目には見えない』筈の
 王子は『井戸』の存在を予言している。この後見つかる『井戸』と、そこから汲み上げられる『水』は、王子が提供する幻想世界の存在物なのだ。<未完>

 
 24-3 砂漠は美しい
 子供賛歌を正面切って押し出すことによって、この作品がキリスト教世界に対する驚天動地とも言うべき反乱劇であることは既に述べた コリント人への手紙。それにとどまらず、この作品の随所に、当時の白人社会に対するアンチテーゼが潜んでいる。
 “Le déssert est beau”と操縦士は言う。しかしこれは、本来、旅行者の言葉である。そこに住まいする者にとって、砂漠は酷薄で非情な、凄まじく、恐ろしい世界なのだ。社会一般の「常識」としても、砂漠は荒れ果てた不毛の地であって、決して「美しい」存在ではない。それをサンテックスは、「蜜の色した美しい」世界だという。社会の常識を蹴飛ばして、「砂漠は美しい!」と声高に叫んでみせるのだ。
 もちろんここは、この作品中一番「しんみり」した、心に染み入る場面である。声張り上げての宣言は馴染まない。サンテックスの冴え切った筆先が、月の光に照らされた幽玄な墨絵の世界に、秘やかな「蜜の色」を浮かび上がらせる。しかし、本質は、技術論にはない。ここで涙ぐんだりしたのでは、サンテックスの文章の上っ面だけをなぞって終わりになってしまう。凝り固まった世俗の定式を根底から覆して、すべてを捨て去り、本当に何も残っていない虚無の地平から、ほのかな仄かな蜜色の砂丘を思い描けてこそ、「心の水」を内に秘めた「井戸」へと続く途がひらかれる。夕日に染まる砂丘の光景に酔いしれる旅行者の目線ではなく、また、砂漠を、おぞましいだけの荒涼たる化外の地とする世俗の観念とも異なる、無垢な眼を我がものとすることが、真実を手にするための第一歩なのだ。

Chapter 25.
 25章は、Le Petit Prince 中で最重要の意味を持つ章である。ここにはこの物語のエッセンスが凝縮されている。

 
 25-1 井戸
 “puits”の語源は『竪坑』である。地面から地中に向かって垂直に掘られた穴の底から水を汲み上げる形式の井戸を指す。


砂漠の井戸(サンテックス著「モーリタニアの想い出」より。)
牛やラクダに綱を引かせて、深い地中から水をくみ上げる。


フランスの古式井戸

中世の城砦村落 Pérouges の井戸跡

 井戸左側に巻き取りドラムとハンドル、コントラスト処理をした青い円内に滑車が見える。深い井戸なので、大きな滑車を必要とする。
 ペルージュは平野に孤立した丘の中腹以上に築かれた城砦都市なので、自噴泉は望み得ない。水は貴重であった。

サン・フィリベール教会中庭に残る井戸。縄をドラムで直接巻き取る。

 St Philibert 教会(一時期、ベネディクト派のトゥルニュス大修道院)は11世紀初期に建設されたブルゴーニュ風ロマネスク様式の建築。
 Tournus は Mâcon市近く、ソーヌ河東岸に位置する街。水に困ることはないが、教会は河面からは高い場所に位置する。

 

井戸(Le Petit Prince 挿絵)
 挿絵は高い崖の上に井戸を描いている。通常にはあり得ない話である。

 描かれた「井戸」にはハンドルや巻き取りドラムはない。上図ふたつを見比べて、アフリカの「井戸」に近い形式であることが見て取れよう。「水」を得るために必要な労力(踏まねばならぬ手続き)は、井戸が深ければ深いほど飛躍的に大きくなる。
 遠くに描かれた樹木は、崖下の水脈が比較的浅いことを暗示している。もし崖の上から簡単に到達できる深さに水脈があれば、崖の途中から水が滝となって流れ落ちることだろう。湧き出る水や流れる水を汲めば済む場所に井戸を掘る必要はない。水脈が崖下より深いのであれば、穴を掘る労力を考えて、井戸は当然崖下に掘られる。いずれにせよ居住地には崖下が選ばれるであろう。台地に居住せざるを得ない理由がない限り、崖縁の井戸はあり得ないのである。
 本文中で『普通に砂漠にある井戸とは違う』,人がいないはずの場所に『みんな揃っている不思議』な井戸と表現されているように、この井戸は合理的な説明の範囲内に納まらない異次元への交流通路としての性格を持つ。これは非現実的な幻想世界の『井戸』なのだ。そこからくみ上げられる『水』は、やはり現実のものではない。

<メモ> カレーズ(Karez, Qanat, Canal):西・中央アジア,山からオアシスへ,地下用水路,命の水脈,掘削工事用・保守作業用の竪坑

 
 25-2 
 幻想の井戸から汲まれた『水』。それは命あるものが必要とする物質としての水ではない。精神という「気」を吹き込まれて初めて人間となるように、<未完>

サマリアの女

 23章から25章までは、切り離すことができないセットである。しかもそこでは、キツネの教えと並んで、この物語最重要のテーマが描かれる。したがって、この一連の章の解釈には、単に個人的な最終意見だけでなく、あらゆる観点からの考察とその展開過程の提示が要求される。そして、Le Petit Prince が欧米の白人社会で書かれ・読まれたものである以上、避けて通れない切り口がある。「キリスト教的理解」である。
 【私はキリスト教徒ではない。したがって、Le Petit Prince をキリスト教的教義に添って読み解こうという方向性を抱いてはいない。しかし、サンテックスがこの項を書く上で、(意識的・無意識的にかかわらず)聖書のこのエピソードが下敷きになっているであろうことは、ほぼ確かである。少なくとも、ヨハネ福音書のこのエピソードを知らないでは、Le Petit Prince 読解に万全の備えがあるとは言い難い。必要な知識を欠いたまま、狭い視野内での解釈が積み重なると、「Le Petit Prince は児童書である」という、的はずれな主張につながり兼ねない。】

 キリスト教文化の中で育った人が Le Petit Prince 第25章を読めば、必ず思い浮かべるものがある。聖書・ヨハネ福音書第4章に述べられた、『ヤコブの井戸』での、イエスとサマリア女とのエピソードである。

 生まれ故郷であるガリラヤ地方へ向けての旅。サマリア地方シカルという村の近くを通過中、疲れたイエスはへたり込んでしまう。弟子達はイエスをそこに残して、食料を買い込むためどこかへ行ってしまった。傍らの井戸は深く、道具がなくては水を汲むことは叶わない。暑い盛りの真昼だというのに、女がひとり水汲みにやってきた。
 女は地元の人間だった。イエスも属するユダヤ人はサマリア人とは仲が悪く、蔑視・差別して口もきかない。女はイエスを無視して黙々と水を汲む。イエスは女に声をかけた。「その水を飲ませてほしいのだが」。驚いた女は答える。「ユダヤ人は普段口もきかないくせに、何だってサマリア人である私に頭を下げるのですか」。イエスは尊大に答える。「(私は神の子だ。口のきき方に気をつけろ!)おまえの方から頭を低くして水を差し出すべきなのだ。そうすればおまえに「生きた水」を授けてやろうものを」。
 言われたことが判らない女は、イエスに言い返す。「水汲み道具も持たないあんたが、この深い井戸からどうやってその「生きた水」を汲もうというの! だいいち、この井戸はヤコブの井戸といって、私たちの祖先が掘った私たちのものなのよ!」

 イエスは言った。「だれでもこの水を飲む者はまた渇くであろう。 しかし、わたしが与える水を飲む者はいつまでも渇くことなく、わたしが与える水はその人の中で湧き出る水の泉となって、永遠の命に至らせるであろう」。
 相手がただ者ではないことに感づき始めたが、「水」を物質的な水と誤解した女は、イエスに言う。「主よ、わたしが渇くことのないように、また、わたしが水を汲みにここに来なくてもよいように、その水をわたしに与えてください」。(女は水を汲むために、かなりの距離を毎日歩いてやってくる。身持ちが悪く、周りの人間からも差別されているので、涼しくて井戸端が混み合う朝・夕にではなく、人影が絶える真昼にやってきたのである。)

 エピソードはまだ続くが、Le Petit Prince 読解上必要な箇所の指摘はこれで充分であろう。『あきんど』が売っていた「丸薬」は、物質的な水の必要性をなくして水汲みの時間を節約できる。王子はそれを拒否して、精神の水を探しに行く方を選ぶという。そして、それを見つける(または、操縦士の前に出してみせる)のである。


Chapter 26.
 
 26-1 身体を持って行くわけにはゆかないんだ。重すぎるんだもの
 王子はバラの元へと還って行く決意をかためる。「責任」を果たすためにである。だが、通常の手段での帰還は叶わない。方法はただ一つだけ。やって来た道程を正確に逆に辿って*、B-612 へと還るのだ。そのためには、場所と時刻を間違えてはならない。一つだけ手掛かりがある。ヘビと出会ったあの場所で、頭上まうえに B-612 がやって来たときだ。それ以外には、場所と時刻を正確に定めることはできない。

* 空間だけではなく、時間も遡る必要がある。

 だが、この方法には絶望的な欠点がある。身体を伴っては行けないのだ。それが意味するところは深刻である。「8-1 この星へはタネとしてやって来たのでした」の項で説明したことを思い出して欲しい。肉体を持たない魂はバラの目には見えない。もし別の身体を手に入れたとしても、その時はまったく別の存在に生まれ変わって、昔の記憶さえも持ってはいないのだ。バラはそれが王子であることを認識できないし、別人となった王子にとっても、バラとは初対面の間柄になってしまう。そんな帰還になんの意味があるだろう?
 「ある!」と王子は考えた。「魂だけになって帰っても、バラには判らないし、バラに話しかけることも出来やしない。バラに何かが起こっても、何もしてやれない。それでも、こんな遠くにいて何もしてやれないでいるよりはましじゃないか! だって、見守ってやることだけはできるんだもの。
 「ひょっとしたら、何か身体を手に入れることだってできるかもしれない。人間になれるとは限らないんだ。トラかヒツジかもしれない。ことによったらケムシになっちゃうかも知れないんだ。そんなことになったらどうしよう?」「ボクはいま、こんなにもバラのことを想っているんだ。どんなことをしてでも、責任を果たそうと心に決めている。この気持ちが通じないはずなんてありっこないじゃないか!  B-612 に帰り着いて、バラとのことを思い出せなくたって、きっと一処懸命バラの世話をするに決まっている。たとえケムシになったって、バラを食べたりなんかするもんか!」「ボクはあのバラに責任があるんだ。それがボクなんだってあのバラが気づいてくれなくったって、バラの面倒をみてやらなくちゃ。地球でバラの心配をしているだけよりずっといいじゃないか!
 健気にも王子は、身を捨て、命を捨てて、バラのもとへと帰る決意をする。「責任」を果たすために。そのためには、自分が自分ではなくなってしまう。記憶さえも消えてしまう。そう、「死ぬ」のだ。死ななくては、バラのもとへは帰れない。うまく帰り着けたとしても、お互いに昔の王子とバラだと気づくことさえないのだけれど. . . . . . . 。
 死出の旅路。出発点も間近になったとき、操縦士と出会った。「そうだ、ヒツジを描いてもらおう。絵に描いたヒツジなら一緒に連れて行ける*。身体を持たないボクがバオバブを引っこ抜けなくたって、ヒツジが芽を食べてくれればバラの星をバオバブから守ってやれる。

*  ヒツジの絵が同伴可能であるならば、「正装した王子」も B-612 に帰りつくことが出来る。しかし、その絵が描かれたのは6年も経ってからのことだった。あの「王子の肖像」は、ヒツジの紐と共に、「その時に気付けばよかったのに」と悔やまれる、間に合わなかった絵なのではないか?

 ひょっとしたら王子は、そのヒツジに生まれ変わる**つもりで絵をねだったのではないか? 病気だの老齢だのと難癖をつけて描き直させているのは、自分の身体として気に入ったものに仕上げたかったのだろう。だとしたら、bérier を嫌って mouton を要求した理由は?
 バラがコンスエロで王子がサンテックスであるならば、mouton (去勢オス)でなくては事実と合わないからではないか? 「出直して、昔のように仲良く暮らそう」とコンスエロにメッセージを送っているのであれば、バラの元へ帰るのが生殖能力を持つ bérier であっては嘘になってしまう。

** サンテックスが、このような転生の思想を持っていたかどうか調べていますが、それらしい書き物は見つかっていません。

 
 26-2 重すぎる
 この一節を執筆するとき、サンテックスの脳裏には、グァテマラでの離陸失敗の苦い教訓が過ぎっていたに違いない。空気が薄い高地の滑走路から離陸するためには、設計翼面荷重値よりかなり低い機体重量に抑えることが要求される。あろうことかリットルとガロンを取り違えるというお粗末なミスを犯し、燃料過積に気づかぬまま、平地にあってさえ長い滑走距離を要する機体重量で離陸しようとした。機体は浮き上がらず、滑走路をオーバーランして激突事故を起こしたのである。サンテックスは焦ったろう。「浮け!、浮け!、浮いてくれ!」 フルスロットルで唸りを上げるエンジン。路面からの振動は消えるどころかますます激しくなる。みるみるうちに迫りくる滑走路端。「もうだめだ!」 生き残ったのが奇跡といって良いほどの重大事故となった。
 サンテックスは、地球重力の大きさを思い知ったに違いない。小さな B-612 からは容易に出立できた王子の体も、地球にあってはとうてい脱出叶わぬ重さとなる。ため込んだ旅の思い出だって、ズシリと重くのしかかっているのだ。

 

Chapter 27.
 27-1 夜が明けた。王子の身体は見つからなかった。だから . . . .
 夜が明けて、王子が倒れた辺りをくまなく捜した。だが、王子の屍体は見つからない。これには二通りの解釈が可能である。

 1)王子は身体を持ったまま地球を出発できた。
 2)もともと王子は肉体を持ってはいなかった。

 1)はハリウッド映画並みのハッピーエンドを予感させる。王子は B-612 でバラと幸せな生活を送っていることだろう。しかし、これはまともな大人が考える筋書きではない。少なくとも、「Le Petit Prince」が下らない三文童話に堕ちてしまうことは避けられない。「50年に一度の名作」という評価はどこかに消し飛んでしまう。
 どうあっても、答は 2)しかあり得ない。王子の異様な出現や、水も食料も、どうやら睡眠さえも必要としないらしい王子のありよう、そして、音も立てずに倒れて屍体を残さない退場は、出会ったとき既に王子が肉体を持たなかったことの帰結に過ぎない。考えてもみて欲しい、「操縦士」はウワバミの体内にあるゾウを見透す特殊能力者である。彼の目に映る光景は、この世のものとは限らないのだ。
 地球を抜け出すためには、王子は命を捨てなければならなかった。ヘビと出会ったあの場所で、頭上高く B-612 が輝く瞬間に、天空へ向けて出発せねばならない。それが B-612 へ帰る唯一の方法である。しかし王子は、時間に間に合いそうになかったのだ。どうせ捨てて行く覚悟をした肉体ならば、どこで捨てようと結果は同じ。それよりも、時間に遅れたのでは更に一年待たなければならない。そんなことが耐えられようか? バラは明日にでも枯れてしまうかもしれないと言うのに。第一、来年もあの場所で B-612 を捕らえられるとは限らないのだ。思い出して欲しい、B-612 は軌道も定かではない小惑星であったことを。
 はやばやと肉体を捨てた王子は、目的地へと急いでいた。早めに到着して、「あの場所」を確かめておかなければ。
 王子は哀しかった。覚悟の末とは言うものの、既に肉体を捨ててしまった以上、王子としてバラと邂逅することは、もはや叶わないのだ。「ボクが馬鹿だった。バラのことをもっとちゃんと判ってやっていれば、<未完>

 
 27-2 花を食べるか食べないか
 王子が連れ帰った(絵に描いた)ヒツジが、件のバラの花を食べたか否かで宇宙のありようが変わってしまうというくだりがある。これは、量子力学の世界で有名な「シュレディンガーの猫 *」の命題そのものである。

*  不透明な箱の中にネコが一匹閉じ込められている。ある時間内の壊変確率0.5の放射性物質があり、それと連動して毒ガス発生器が箱には設えられている。放射線が発せられればネコは死に、そうでなければ、生きている。時間が来て箱の蓋を開けるまで、猫の生死を知る方法はない。ネコは既に死んでいるか、まだ生きているかの二つに一つであるのに、蓋を開けるまで、そのネコは生死が「重ね合わされた」「現実にはあり得ない」状態といわざるを得ない。
 これが、物理学者 Schrödinger【波動方程式で有名】によって提起された、粒子性と波動性に対するパラドックスの一つである。論文として初めて現れたのは1935年。観測論その他にまで範囲は広がり、未だに決着を見ていない。

 サンテックスは核反応の原理を理解し、原爆の出現も予測していたと言われているから、当然「シュレディンガーの猫」のことも知っていただろう。毒ガスがヒツジに、ネコがバラに化けてしまったけれど、これはシュレディンガーの猫そのもの、いや、その皮相な焼き直しというべきであろう。

hair line

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第三の章へ続く

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