ルネ・ドゥ・ソシーヌは、サンテックス高校時代の学友の姉でした。出会ったのは、サンテックス17歳の頃。そのときルネは19歳。父親が主催する、まだ残光に包まれたサロンの華でした。モッサリと無粋で、「熊」とあだ名されたサンテックスの気の利かない態度はソシーヌ一家の不評を買っていましたが、ルネだけはそんな差別をせず、(我慢して)ダンスの練習に付き合ったりしてくれました。惚れっぽいサンテックスの心の中に、大きな影を残したであろうことは疑いありません。
. . . . . Et vous m'avez apprivoisé et je suis devenue très humble. Au fond c'est doux de se laisser apprivoiser . Mais . . . . .
Lettre 17. Alicante le 1er janvier 1927.
Gallimard 社から出版された初版本表紙。
ルネによる長い序文付き。何と、名器ストラディヴァリウス
1953.3.9 発行の初版第1刷。全部で 1415 + 10 部
こちらはハードカバー初版本表紙(デザイン:ポール・ボネ)。
この本は666番
タイトルページ。
タイトルバックには「挿絵なしの版が Lettres de Jeunesse という
テキストと挿絵の例。挿絵は全部で11枚。
奥付。全部で2750部(100+2590+20+40)の限定版。
別の初版本、No. 590 の番号を持つこの本には
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でも、ルネの方にその気はまったくありませんでした。サンテックスはルネに(ルネ「にも」と言うべきですが)頻りに手紙を書きます。ルネに「リネット」と呼びかける文章は段々と熱を帯び、恋文といって良い思いを込めるようになります。ルネは返事を出しません。サンテックスは「返事をくれ」「手紙が欲しい」と懇願しますが、一向に叶えられませんでした。彼が死んで10年近い1953年になってルネは、1923年秋から1931年春までにサンテックスから送られた書簡25通を“Lettres de Jeunesse”として出版します。
【“Jeunesse”には「青春」「若き日の過ち」「若さ故の軽々しい行い」といった含みがあります。サンテックスはもう20代ですから「青春の手紙」とは訳しかねますが、ルネが冷めた目でサンテックスを「若造」と見ていたことをまじまじと感じさせます。】
Le Petit Prince の読者ならば、読み過ごすことのできない単語が出てきます。
若き日の手紙
を引き合いに出してサンテックスを評価します。
印刷された番号入りの特別版の内、この本はXIII
(=13。同じ紙質のものは50部しかない)。 
別の初版本
FEP に、Lepros 夫妻に宛てた
Consuelo de Saint-Exupery 1960 の献辞。
モッロコ紙に印刷した 10部のうちの“a”。

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想い人への手紙
挿絵付きの初版本表紙。発行は 1953.4.30。
書名でガリマール社から発行されている」とある。
この本は XCI (=91。最初の100部の91番目) 
FEP に Renée de Saussine による献辞がある。